# AI時代に"自分のルール"を決めたのに、普通に破り続けている件について > ポストAI時代に、言葉にした理想と実際の制作とのズレをそのまま記録しておく **Published by:** [Genx Notes](https://paragraph.com/@genxnotes/) **Published on:** 2025-12-18 **Categories:** ai時代 **URL:** https://paragraph.com/@genxnotes/ai-jidai-jibun-rule ## Content AI時代のビートメイクについて、少し前の自分はかなりカッコいいことを書いた。「AIはアイデアまで。MIDIとグルーヴと質感は自分の手で作る」「AIオーディオは作品の核に置かない」。ポストAI時代にどこへ軸足を置くか、自分なりの"倫理と美学"を宣言したつもりだった。 今読み返してみると、あの記事はよく書けている。理屈も筋が通っているし、「作品の芯をどこに置くか」という問いも、自分にとって本気のテーマだ。問題は、そのあと普通にそのルールを破りながら、AI曲を作り、別名義で楽しんでいる自分がいることだ。自分で決めた"かっこいいルール"あの記事の中で、自分はこう書いた。AIはアイデア担当。最終的なMIDIとグルーヴは自分で握る。AIオーディオは作品の核にしない。将来のウォーターマークやフィンガープリントのリスクもあるし、「この音の根っこは誰のものか?」と問われたときに気持ちよく答えられないから。サンプルの出自とライセンス構造を意識しつつ、できるだけ自前の演奏情報と音作りで勝負する。要するに、「AIは壁打ち相手としては使うけど、ピッチャーもキャッチャーも最後は自分でやる」という宣言だった。ポストAI時代のビートメイカーとして、どこにラインを引くかを真面目に考えた結果でもある。でも現場の自分は、けっこう平気で破っているところが、そのポリシーを書いた自分と、実際に音楽を量産している自分のあいだには、けっこうなギャップがある。 別名義のdjfunnycatでは、フルAI寄りのトラックも出しているし、「AIオーディオをそのまま核にしている」と言われても否定しきれない曲もある。制作スピードは速いし、「これおもしろいじゃん」と素直に思える瞬間も多い。 つまり、ポリシーとしては「AIオーディオは核にしない」と言っておきながら、現場ではフルAI寄りのトラックを使い倒して楽しんでいる自分がいる。 口では「AIはアイデアまで」と言いながら、実際には「AIがほぼ全部やった曲」を世に出している。自分で書いたルールを、普通に破り続けているわけだ。これは"嘘つき"なのか、"分裂"なのかこのギャップに気づいたとき、最初に出てきたのは「自分、めちゃくちゃ矛盾してない?」という嫌悪感だった。かっこいいことを書いておきながら、それを守っていない。あの記事を読んだ人から見れば、「言ってることとやってること、違くない?」と言われても仕方がない。 ただ、少し冷静になって考えてみると、ここには単純な善悪とか、嘘か本当か、だけでは片付かない構造がある。Genxとしての自分は、「AI時代にこうありたい」という理想や美学を言語化する役割を持っている。djfunnycatとしての自分は、「AIを含めて、いろいろ試して楽しむプレイヤー」として動いている。同じ人間がやっているのに、役割が違う。「設計図を書く自分」と「現場で遊ぶ自分」が、まだちゃんと同期していない状態、と言ったほうが近い。理想を宣言した自分も、本音で遊んでいる自分も、両方ホンモノあの記事に書いたルールが嘘だったわけではない。あれは、AI時代の音楽制作を見渡したうえで、「自分はこうありたい」と真剣に考えた結果だ。AIオーディオを作品の根っこに置きたくない。MIDIとグルーヴは自分の指で決めたい。メジャー資本のライセンスモデルの上ではなく、できるだけニュートラルな土台の上に自分のビートを置きたい。それは今も本音だし、方向性としては変わっていない。 同時に、djfunnycatでAI曲を作って楽しんでいる自分も、嘘ではない。AIを触れば触るほど、「これはこれで普通に楽しいし、面白い」と感じているのも本心だ。そこを無かったことにはできないし、「全部やめます」と言い切ってしまうと、それはそれでまた別の嘘になる。ポリシーは「達成済みの自分」じゃなく「向かいたい自分」として置いておくじゃあどうするか。今のところ、自分の中で出ている答えはこうだ。あの記事で書いた「AIはアイデアまで。MIDIとグルーヴは自分で握る」というルールは、"いま完璧に守れている状態"の宣言ではなく、「こうありたい自分」の設計図として残しておく。現実の自分は、その設計図どおりに動けたり、全然守れなかったりしながら、AI曲も非AI曲も両方試している途中経過だと認める。そのギャップに気づいたこと自体を、ちゃんと言葉にして外に出す。かっこいいポリシーを一度書いたからといって、その瞬間から「一切ブレません」「絶対に破りません」とはならない。むしろ現場に戻れば、「理想」と「誘惑」と「楽しさ」の中で揺れ続けるのが普通だと思う。ルールを破りながら、少しずつ近づいていくしかないAI時代に"自分のルール"を決めたのに、普通に破り続けている。これは言い換えれば、「理想と現実のあいだを、行ったり来たりしながら進んでいる」ということでもある。いつか完全に「AIはアイデアまで」「MIDIとグルーヴは自分」という制作スタイルに落ち着くかもしれない。逆に、「AIオーディオを核にする作品」と「完全に手作業の作品」を、意識的に分けて出し続けていく形になるかもしれない。もしくは、今は想像もつかない第三のスタイルに進化していく可能性だってある。大事なのは、「一度決めたルールを完璧に守り続けること」よりも、「自分で決めたルールを破っていると気づいたときに、その事実から目をそらさず、もう一度"芯"を問い直すこと」なんじゃないかと思う。 AI時代に、自分のポリシーを言葉にすることには意味がある。同時に、そのポリシーを守れなかった自分を、恥ずかしいからといって隠さずに書くことにも、同じくらい意味がある気がしている。 この文章は、「AIはアイデアまで」「MIDIとグルーヴは自分」と宣言した自分が、そのルールを平気で破りながら生きていることを、正直に認めるためのログでもある。 ポストAI時代のビートメイカーとしての"正しいあり方"なんて、まだ誰も持っていない。その中で、自分はこうやって失敗したり、矛盾したりしながら、少しずつ「自分の芯」がどこにあるのかを探している最中だ。 ## Publication Information - [Genx Notes](https://paragraph.com/@genxnotes/): Publication homepage - [All Posts](https://paragraph.com/@genxnotes/): More posts from this publication - [RSS Feed](https://api.paragraph.com/blogs/rss/@genxnotes): Subscribe to updates - [Twitter](https://twitter.com/genxnotes): Follow on Twitter - [Farcaster](https://farcaster.xyz/genxnotes.eth): Follow on Farcaster