# 2 0 2 2 🐉 **Published by:** [xi](https://paragraph.com/@xi-2/) **Published on:** 2022-12-11 **URL:** https://paragraph.com/@xi-2/2-0-2-2 ## Content 2 0 2 2人が生きること人が生きるのは何のためか,に答えを出すのは難しいし,生死のどちらを選択してもいいと思っているが,死なない理由の側から考えると,僕の場合,未知の神秘(将来)の求心力である.日々の営みの多くが,知り得ぬ何かに引っ張られ,方向を持った力になっている. 人間は社会的動物である.「自己の自然本性の完成をめざして努力しつつ,社会的共同体(つまり《善く生きること》を目指す人同士の共同体)をつくることで完成に至る(Wikipedia)」が,少なくとも今の世の中においては,この生きるベクトルが交わり,人と人との関係が強化される. 合わさった力が,社会との接続を持つことを実感すると,個のワクワク感も増幅する.社会は大袈裟な意味でなくとも,同じ方向を志向する人々の共同体・コミュニティでもよい. そろそろ30代になる準備期間だなという地点にいる今は,成長・前進を前提に考えている.老いが進むと or 世界の見え方が変わると成長速度の曲線は緩やかになり維持の思考回路になるのか,という念慮はあるが,一旦将来への宿題とする.ジリ貧の科学と産業完全に妄想だが,産業成長以降,科学が進歩して,より生産し,効用やコスト構造の革命が社会価値と接続し(産業構造の革命→GDPの増加),人々はもっと便利な未来に向かって心躍っていた.宗教は,科学至上主義にあっては少なくとも日本では減速気味となった. 森羅万象が,分解・説明可能な中にあって,「信に入る」ことは胡散臭いという色付けをされているように感じる. 現在も科学は進歩するが,全員の人生を惹きつけるほどの求心力を失ったように思う.失速した科学は,一部の,または多くの,人々の生きる方向を一時的に取り去った. 前向きな人々は新たな想いと叡智を獲得し,日本人の力の向き方は分散した.一方で,共同体の急速なインターネット化,資本主義・市場経済 VS 日本の国力低下の負のスパイラルに取り残され,生き方・居るべき場所がわからなくなってしまった人も少なくない.多様性の21世紀,信じるの捉え直しでは,生の向かう先はどこであるか,という命題については,当然,なんでも良い.「ほら、ああ、生まれてきてよかったなって思うことが何べんかあるじゃない、ね。そのために人間生きてんじゃねえのか」と車寅次郎(男はつらいよシリーズ39作目 寅次郎物語)は言っていたが,そうであると思う. ただし,将来にわたって,他者と相互に影響しながら,自分の個性を生かして活力の源泉となる営みを探すことに目的的になる必要があると思う. もう一点,この記事は全くの妄想であり,論理的とは言えない.論理は使い手の言葉,価値観を含んでいる時点で価値中立的でなく,科学の万能な武器ではない. そもそも,科学自体が「価値中立的」「論理的に正しい」という価値観に根ざしていて,その意味では,現代に生きる全ての人は科学という宗教に囚われているといっても大袈裟でない.「論理的である」こと自体が,価値中立的でなく,論理的でない,的な. このことを踏まえると,(科学的/非科学的に)「信じる」ことの価値を捉え直すことが必要であると思う.将来への活力になるならば,この記事の内容を盲目に信じても良いし,何かを信仰しても良いと思う. 生まれた頃にはあった「わからないもの」が,全てを科学的に理解できるようになったと錯覚した価値観に押しつぶされ,無根拠に信じることが難しくなっている.本当は,世界はもっと複雑なのに.成長して世界が広がると、現代では万物を機械的に理解してしまう。より複雑なことを理解することが頭脳的な成長であって、複雑をブラックボックスに押し込んだからこそ生まれる純粋さはもうどこにもない。気づけば、森羅万象の難しさを知り、知らないことや知ることができないものの数は低減していき、「知らないこと」の存在を黙認することに起因する論理的な全能感も無能へと変化する。これは一方的な変化であり、もはや大人は神秘的異質を感じられない、 そんでかつて自分にもあったはずの純情と全能へ焦燥して、憧憬を感じる。どちらが素晴らしいことかは分からないけど -すごいtimes2022年末時点での,僕の願い僕個人の話.今思っている志向性を言語化すると,こんな感じなのではないだろうか(WIP).これまでに個性を全面に出して先導者になる動きをとったことがないので,考えるのが非常に難しい.発明家である分析家である遠大で深淵な未来を切望するコミュニケーションをよくする宇宙を意識する発明家である昔から,何かと何かを組み合わせて,一本筋の通ったものをつくるのが好きであった.発明家と書くと大袈裟だが,何か新しい物事が生まれるパターンは大体これ.会社でもこの役割の一端を担っている(はず). 発明をするために,異分野の情報に数多く触れ,異なる人と関わり合い,頭の中で結びつくまで気持ち悪い時間を過ごすことを意識する.混沌を混沌のまま飲み込む耐性を磨き,新たなものが生まれる神秘を信じること.分析家である深い洞察で事物の本質を俯瞰的かつ多面的に捉える.それを言語化して人に伝える.メタから思考回路をハックする.こんな記事を書いている時点で,色々と考えるのが好きである. 自分の課題として,これら2つの個性(?)を何に賭すかが昔から定まらない.無理矢理作っても,人生をかけるほど腹落ちしきれない.一旦,コミュニティに還元されるなら分野や対象はなんでも良いというスタンスだが,見つけた方が良いと思っている(宿題).遠大で深淵な未来を切望する上記 >これら2つの個性(?)を何に賭すかが昔から定まらない に関連する話. やはり人間って,自分から明らかに遠すぎる未来,知能が及ぶか及ばないかレベルの未来を切望できるほど愚かではないし,そういう意味ではめちゃ知的だと思う.正直今の自分のレベル的に,世界平和とか,経営者の覚醒とか以前に,ある領域で世界を代表する企業を作るとかイメージできてないけど,日本を代表する企業を作ることは,売却経験を通じた景色とか,代表の木内さんがいるお陰で解像度高く見れる. これは,現状からの期待値から考えているからで,今から僕が4年後のワールドカップの日本代表入りを本気で切望できないのと同じ. 自分自身の期待値をもっと上げるためにも,さらにプレッシャー設計してスピードを上げないとなって思います.コミュニケーションを善くする人間関係,別称人的ネットワークとは人と人の間の評価アルゴリズム.アクセス可能な時空(距離)が伸びた今,人が人を評価するには,関わる人が多すぎる.どんな人でも,その人の後ろに積み上げてきたものは大きく,しかも時間的に長く理解しなければ,筋の通った人格は見えない.だからこそ人が人を敬い,それを示すことは,理解すべき人格の優先順位を付ける際に,あるいはその敬意を自分の理解に代用できるという点で,価値がある. 数学的に,価値の源泉は有限.石油も電気も金も,無限に産出するなら価値がない.逆にいうと,人が便宜的に価値を求めるとき,そこには有限性という前提を課される.一人が他人に払える敬意の総量には上限が了解され,ときに集団的攻撃を通じて幼少期に上限量に対する感覚が暗に共有される. 過度な褒め立ては発言者の権威を枯渇させる.現実の関係世界は重く有機的.特にSNSは表面的な個の強化を進め,無限の他薦が閉じたネットワークを為し,最早現実から離れている. -すごいtimes上にも書いた通り,リアルなコミュニケーションはインターネットに持ち込まれていない.それどころか,ネットのコミュニケーション・コミュニティがリアルに逆輸入されて,もはや居心地の悪さすら感じる. インターネットのコミュニケーションはもはや不可欠であるが,意外と多くの人の脳が順応できていない気がする**.**私もその一人. 人間が社会的な動物であるからこそ,社会を良い方向にしたい.インターネット業界にいる人間として,ここには謎の使命感がある.自分を含めた,心の強くない(コミュニケーションの下手な)人たちにも居心地の良い空間を意識する.宇宙を意識する「人は誰もが己の知識や認識に頼り縛られ生きている」といううちはイタチ(NARUTO)のセリフ.プラトンの『洞窟の比喩』からすれば,人間は,物質の世界(知能の係数上)に生きていると思い込むとも発想を応用できる.この仮定から思考を出発すると,人間の進化は生物学の進化論に留まり,人間の霊的精神的特性における説明を果たさない. したがって,人間の知性で理解できない現象は超常現象と呼ばれて,知性のみに頼り,それを代表する知識人,科学者たちからはまともな研究対象とされず,社会一般にも受け入れられなくなってしまった. とはいえで,科学技術が発展した今,兵器一つ,細菌一つで人類が滅亡するまでに至ると,人類はようやく霊性・精神性の重要さに気づき,真剣に求めるようになった.今までは,霊性の全てが宗教というブラックボックスに押し込まれ信仰の対象にされてきたのに. ただそういった,現代の最先端分野での叡智と霊性精神性の結びつきは当然歓迎されるべきで,既述した『「知らないこと」の存在を黙認することに起因する論理的な全能感も無能へと変化する』に対抗的視座が持てるのではないかと考える. というか,実証的科学的なアプローチでは辿り着くのに時間がかかる領域や,神格的な集権者を置いた方が説明ができる事柄って世の中に結構ある気がする. 今は仮定で,あらゆるものは波動であるとして深めてみようかなということろ.この界隈の方々と話す中で,人によって言ってることは異なるけれども,宇宙に存在するもの,一次元以上のどれほどの高次元体であっても全ては波動であるという原理原則を知っていると統一的な理解ができることに気づいた. 現象学に存在する電磁波,音波,物質波などが人間の五感で感知されたりされなかったりするように,万物の波動もその特性によっ存在する次元は異なる. 低次元の荒い波動から高次元の繊細な波動まであって,最上級は宇宙意識という波動(仮置き).この波動は時空を超えた次元の存在で,時の経過とともに消滅するものではない.作ったけど自分でも途中でわからなくなってきた🙇‍♀️最も単純な無機質である空気から,植物,人間に至るまで,全て固有の波動を持っている.一人の人間の過去・現在・未来のあらゆる思考,行為とその結果は,なんらかの高次元に保存される.この思考→結果までの一連のフローもまた,高次元から降ろされたものであると. この辺りは,今年,弊社10Xでもかなり深めた部分で,全ての意思決定には,その背後に存在する高次元体が寄与した結果と普段から考えるようになった.そんな感じで,宇宙の流れや法則に逆らうより,仕組みを理解してそこへ調和する方が生存確率が上がる. https://www.kyocera.co.jp/inamori/philosophy/words01.htmlおわりに最後の方,まだまだ深められる部分ですが駆け足で書いてしまったのでかなり雑になりました.来年で深めたいと思います. みんなが2022の振り返りや2023の展望を書いてる中,人生にアプローチしたら,自分でも気持ち悪い文章になりました.もっとエモい文章も,本当は書けます.はい. 今年も皆さんにお世話になりました,ありがとうございました! 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