Shinya Mori / 守慎哉
2025年5月2日に「Plurality: The Future of Collaborative Technology and Democracy」の日本語版『PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来』日本語版がサイボウズ式ブックスより出版されました(以下、Plurality本と略す)。
サイボウズさん、imi宛に献本いただきありがとうございます!
出版を記念して、著者のオードリー・タンとグレン・ワイルが来日をし、約1週間出版記念イベントが開催されました。僕自身、出版元のサイボウズさん、『なめらかな社会とその敵』の著者で、Plurality本の解説を書いた鈴木健さんらと共に一連のイベントのコーディネーションをしていました。今回のPlurality本の一連の出版記念イベントでは、アカデミア、マスメディア、国会議員などを巻き込んでのイベントとなりました。特に、11(日)に書店で開催された出版記念イベントでは、マスメディアがたくさん参加されていて、記者会意見のような印象を受け、Pluralityは一部のオタクのためではなく裾野が広がっていると実感しています。
Pluralityとは 「社会的差異を超えたコラボレーションのための技術」 と定義付けていますが、難解な概念ではあると思います。日本語圏向けの説明では安野さんの解説動画が一番わかりやすいと思うので、まだ見てない方はこの動画を見てみてください。詳しく知りたい方は、鈴木健さんの解説をぜひ読んでください。
この出版に際して、感想みたいなものを書こうかなと思ったのですが、元々ある程度読んでいたので、感想というよりも僕なりの視点からPluralityについてまとめられたらなと思っています。 僕のバックグラウンドは、Ethereumエコシステムにあって、Ethereumエコシステムにおけるpublic goods funding(公共財への資金提供)やガバナンスの研究開発をしてきたので、Ethereum目線でPluralityについてまとめようかと思います。
そもそも、「Plurality」という考えが生まれる背景にはEthereumが深く関与しています。Plurality本の共著者であるオードリー・タンとグレン・ワイルを引き合わせたのが、EthereumのCo-founderのVitalik Buterinであり、3人で共同でRadicalxChangeを設立し、Pluralityという考えが生まれるきっかけになったと思います。
PluralityがなぜEthereumと接続するのか、「Plurality」の実現にEthereumがなぜ有効なのかについて実例も踏まえてまとめていこうかと思います。「なぜ、ブロックチェーンを使う必要があるのか?」「なぜ、Ethereumである必要性があるのか?」という問いがしばしば生まれるかと思いますが、Pluraityはその回答の1つになると考えています。
誇大広告としての「Web3」、中身のない「DAO」での活動、投機目的としての「仮想通貨(暗号資産)」を目にする機会が多いかもしれませんが、この記事を通してEthereumが社会においてどういう役割を果たしていく存在になるのか少しでも伝われば良いと思っています。逆に、クリプトguyも少し小難しそうに見えるPluralityという概念を知る機会になって、社会実装の参考になればと思います。
EthereumはPluralityです。極端かつ雑な結論ではありますが、ひとまずそれぞれの定義を確認してみましょう:
Pluralityとは「社会的差異を超えたコラボレーションのための技術」
Ethereumとは「人々のコーディネーションのためのプロトコル」
とても近い意味に聞こえます。EthereumはPluralityのユースケースの1つという言い方が適切かもしれません。
補足:「Ethereum」のビジョンとしてはワールドコンピュータになることであるので、従来はバーチャルマシンやブロックチェーンと言われていましたが、近年では「概念」として表現されているように感じます。というのもEthereumの構造が多く変わってきているのです。Ethereumの構造的にはEthereum単体で存在してはおらず、様々なパーツが組み合わさって構成されています。例えば、Ethereumでは、取引を処理する機能とデータを管理する機能が分かれている。元々は、Ethereumは単体でこれらの機能を担っていたが、徐々にEthereumは取引データの保管に特化するようになり、取引の処理は他のセクター(Layer 2と呼ばれる)が担うようになっています。つまり、僕らがEthereumと呼んでいるものはEthereumだけではなく、他のセクターが開発したものも含んでいる。Ethereumは今や「キメラ」のようであり、継ぎ接ぎで構成されています。だから、Ethereumといった場合に、何を指しているのか要領を得ないことがある。そのため、Ethereumは技術的な意味合いよりも概念としての文化的な意味合いを持つようになっているように感じます。
では、Ethereumはどのような特徴があるのか僕の解釈を含んでいますが、見てみましょう。Ethereumはスマートコントラクトプラットフォーム、つまり分散型アプリケーションを作るためのツールです。Ethereumを利用することは、特定の主体(企業や国家)を介することなく、利用することができるアプリケーションを作ることができることを意味します。このような側面からか、ブロックチェーンを使うことを反権力のように捉える人をたまに見かけますが、それは本質を見誤っているように思えます。最もイノベーティブな点は「安定して動き続けるネットワーク」であると考えます(特定の主体に依存しないという意味では、反権力的であるかもしれないけれども)。つまり、Ethereumを基盤としたアプリケーションは常に動き続けます。 特定の主体によって管理されるネットワークは単一障害点があるので安定しないから分散的に管理しよう、クローズドよりもオープンの方が安定するからOSSにしよう、1つのソフトウェアではなくで複数あった方が安定するから多様なシステムを受容しよう、といったように「安定して動き続けるための手段」として分散やオープンソースを選択しているような発想です。
例えば、Ethereumでは、多くの多様なノードがEthereumネットワークを支えています。このノードは、クライアントと呼ばれるソフトウェアを動かすことで稼働していますが、このソフトウェアはGeth、Nethermind、Besu、Erigonなどといった複数のソフトウェアによって動いています。そのため、例えばGethに不具合が起きた場合でも、他のソフトウェアを利用することでEthereumネットワークは安定します。このようにEthereumは、様々な人々が協力しながらネットワークが支えられており、そのネットワークを上に様々な分散型アプリケーションが構築されるのです。
一方で、Ethereumを活用したアプリケーションにおいても、このEthereumの精神は反映されています。この記事には、なぜEthereumを使うべきなのかがよくまとまっています。これらの記事では、Ethereumは「ネットワーク効果」や「ポジティブサムゲーム」を促すためのインセンティブの設計を可能にしていることが共通して述べられています。つまり、「多様な人々によるコラボレーションや共創を促すための外的な動機付けをしている」と解釈できるでしょう。具体例は後述します。
個人的には、「コラボレーションを促進することができる」というのが、ブロックチェーンだからこそできる理由であると考えます。Pluralityと聞くと、どのように実践するのかわからない方がいるかもしれませんが、Ethereumでは外発的な動機付けを促すことで多様な人々とのコラボレーションを可能にしているのです。このような点が、EthereumとPluralityが通ずるのかなと考えます。
余談:EthereumのCo-founderのVitalik Buterinが「d/acc」という考えを提唱した。d/accは、加速主義(e/acc)へのアンチテーゼとして、Vitalikが提唱した「テクノロジーが発展すべき方向に関する考え」です。 ここでは深く言及しませんが、d/accはPluralityの根底にあるイデオロギーであり、どういう社会を目指すのかの具体的なビジョンを示しているように思えます。Ethereumという具体的なソリューションから、逆算的に手段としてのPluralityやイデオロギーとしてのd/accがあるのかなと考えます。
Etheruemでは、オープン、コラボレーション、ダイバーシティーを前提で取り組むというメンタリティとプログラマブルに作れてしまうという点からか、仮説や理論を積極的に実践する動きが盛んです。
Ethereumコミュニティ発で始まったPlurality的な実証実験について、紹介します。
QFは、GlenとVitalikらが共著した理論であり、「プロジェクトが受け取る資金は寄付された金額の平方根の総和の二乗に比例する」という資金提供のメカニズムです。つまり、あるプロジェクトに対して寄付された金額の量よりもどのくらいの人々に支持をされているのかに重きを置いている民主的な資金配分の仕組みになっています。人々の関心がより大きいものに対して、より大きな影響が与えるような設計であり、個々人の選考を反映できる点でPluralityであると言えるでしょう。
QFついては、こちらでまとめたので、詳しくはこちらを読んでみてください。数式の説明も噛み砕くように心がけています。しかし、QFは今では、シビル耐性技術が向上して、もはや単純なQFではなくなっています。同じような選好を持った人々同士でクラスタリングされて、より多様な属性から支持を集めているプロジェクトがより多くの資金を受け取るような仕組みになっています。
QFを活用している最も著名なプロジェクトはGitcoinでしょう。Gitcoinの解説は上の記事でもしているのでここでは割愛しますが、Gitcoinは、Ethereumの実験場としての役割をよく表している事例であるように思えます。Gitcoinで採用しているQFは元々、ブロックチェーンで活用していることを前提に提唱されたものではないですが(論文の共著者にVitalikがいるけれども)、おそらく初めに実装されたのはGitcoinです。Gitcoinでは約8年間で、380万ドルの寄付を集め、5000万ドル以上の資金を公共財へ分配した実績を築いていましたが、Gitcoin Co-founderのKevin OwockiはEthereumエコシステムにおける実績を実社会へ応用させる取り組みに力を入れています。彼の地元のコロラド州で、ヨガスタジオ、書店、コーヒーショップなどの地元ビジネスのためのQFラウンドを実施しました。このように、Ethereumにおける取り組みが実社会へと応用していく流れはPluralityのムーブメントと共に今後も加速していくでしょう。実際、僕も関わっているDig DAOでは日本円を使ったQFの実施しました。
Prediction Market、つまり予測市場とは、将来の出来事の発生確率を、証券市場のように参加者が売買する仕組みで予測する市場のことです。予測市場の実験は、Ethereumが生まれた当初からユースケースの1つとして期待されていました。実際、Gnosisらを中心となって開発がされていましたが、サービスを利用するユーザーが想定よりも少なくなかったことでサービスをピボットしたとのことです。ちなみに、Gnosisは今では、資産の共同管理ができるマルチシグウォレットのSafe(旧Gnosis Safe)や分散型取引所のCow Swapなどを開発しているチームとして知られていますが、初期のアイデアは予測市場でした。
参考:https://www.youtube.com/watch?v=XLwOgEpYk40
予測市場を民主的な意思決定に応用しよとする動きがあります。ロビン・ハンソンによって提唱されたFutarchyです。Futarchyは、本来的な意味では、選挙で選ばれた政治家が国家の福祉の指標を定め、どの政策が最も良い影響を与えるかを予測市場によって判断するという仕組みです。
昨年のアメリカ大統領選挙の際に、予測市場プラットフォームPolymarketがPMFを果たし、Ethereumコミュニティでは再び予測市場やFutarchyに注目を集めています。現在は、Butterというプロジェクトが中心となって、DAOのガバナンスにおいて実験的に導入がされています。過去の実績のある公共財に対して資金提供を行なっているOptimismのRetro Funding(Retroactive Public Goods Funding)の初期のアイデアでは、予測市場が検討されていたので、突如現れたアイデアはないでしょう。
Plurality本では、様々な投票の仕組みの一つとして紹介されており、Futarchyを始めとした様々な投票の仕組みを組み合わせることが有効ではないかと述べています。
Gitcoin Passportは個人的にもっともPluralityを反映させているツールであると感じているので、取り上げます。(おそらく本書では取り扱われていない気がします。)
Gitcoin Passportは、他のIDを紐付けることで作られるIDであり、より多くのIDを紐付けているとGitcoin Passportのスコアは上がり、さらに紐付けいるID自体のスコアも高いとGitcoin Passportのスコアもさらに高くなります。Gitcoin PassportはGitcoin Grantsに応用されていて、シビル耐性として機能し、マッチング資金の額にも反映されます。
Gitcoin PassportのようなIDはPluralityの思想がよく反映されていると思います。他の多様なIDが多ければ多いほど、Gitcoin PassportのIDとしての精度が上がります。これは、競合となるIDサービスが増えれば増えるほどポジティブに働くという設計になっています。Gitcoin Passportは、違いによって生じる競争をアーキテクチャを通して競争に変えている事例と言えるでしょう。
僕自身、何をしていくんだということも記しておこうと思います。主に、2つのアプローチからPluralityに貢献したいと思っています。
1つは資金分配メカニズムに研究を通じた貢献を考えています。僕は、昨年のDevcon SEAで、「DAOやFoundationやQFによる助成金プログラム間の定量比較の研究結果についてプレゼンしました。この分析では、様々な資金分配モデルにおける支給額と受給者数に顕著な違いがあることを指摘しました。具体的には、DAOやQFなどの民主的な資金分配のアプローチでは多くのプロジェクトに資金が配布されるが、支給額は小さくなる傾向があり、Foundation(財団)のようなトップダウン的な意思決定では資金を受け取るプロジェクト少ないが一件あたりの金額が大きくなる傾向があった。実際、複数のタイプの助成金を受けているプロジェクトでは、Foundation(財団)から受け取った資金が大きな割合を占めており、プロジェクトにより貢献できているのはFoundation(財団)であるという現状があります。
この研究を通して、QFは多元的な資金分配手段として知られているけれども、もっと多様な資金分配手段が共存することこそ結果的により多元的になるのかなと考えています。Foundation(財団)による資金分配は、時々透明性に欠け、トップダウンによる意思決定であるため、DAOやQFのような集団的な意思決定が好まれる傾向がありますが、個人的には多種多様な価値観に基づいたFoundationによる資金分配がなされた方がより多種多様なプロジェクトに資金が行き渡る世界になるのかなと考えています。問題となるのは、説明責任(accountability)と納得感(consensus)があるかどうかであると思うので、この2点が克服する取り組みが必要になります。引き続き、公共財に対する資金分配の研究開発を進めていますが、現在は公共財や助成金プログラムに対する効果検証(インパクト評価/測定)に取り組んでいます。それぞれの公共財や助成金プログラムはそれぞれの価値観に応じたoutcomeを目指して開発・運営がされます。その多種多様な価値観を反映するためには、その多種多様な価値観を定量的に測定する必要があると考えています。
こちらの記事で、Pluralityに関する個人的な見解を述べていますが、『啓蒙の弁償法』を引用しながら、啓蒙主義とPluralityをアナロジーにしてPluralityを求めると逆説的に多元性を損なうの危険性があるのではないかと述べています。QFはPluralさを反映しているけれどもQFに依存してはいけないという矛盾を孕んでいるのではないかと思います。そのため、他の異なるメカニズムが必要になると考えています。
多様な価値観を反映させるためには、多元的な資金分配手段であるQF以外の資金分配手段を説明責任(accountability)と納得感(consensus)を備えた上で実現することを目指します。
そして、Pluralityに貢献するもう1つのアプローチは、アートを通じて「多元的な世界観」を表現したいと思っています。もっと詳しくまとめる機会があると思うので、詳しくは割愛しますが、僕がEthereumと出会ったときの感動を伝えたいなと思って取り組んでいます。Ethereumを深く知っている人とは共有できるけれども、Ethereumを深く知らない方々には共有されていないように感じるので、Ethereum的な価値観を届けられたらと思っています。PluralityのムーブメントのきっかけにはEthereumがあるように、Ethereumのポテンシャルや僕が感じた感動を表現していく活動をしていきます。
EthereumはPluralityのユースケースであり、Pluralityのビジョンを実装しています。Ethereumでは多種多様な人たちのコラボレーションが力に変換できているのです。
冒頭で、「誇大広告としての「Web3」、中身のない「DAO」、投機目的の「仮想通貨(暗号資産)」」とディスりましたが、Pluralityのすごい点はこれらも内包してしまう点にあるかと感じます(上記で言及した内容と観点が違いますが)。
誇大広告をする人がいるから、小難しい概念が広がるきっかけになるし、
よく理解していないのに実践がいるから、ユースケースが広がるし、
投機目的の人がいるから、ETHの価格の向上、つまりセキュリティの向上に繋がる。
正直、僕自身上記のような人たちとは話が合う気がしないし、共感できないけれども、Ethereumエコシステムを支えるには必要に思えます。これが、Ethereumの強さなのかなと感じます。他のブロックチェーンプラットフォームでは、開発主体チームや財団主導の側面が残りますが、Ethereumは多種多様な人たちがいて、それぞれがEthereumのために日々研究開発や実践をしています。そのような場は個人的に好きですし、Ethereumエコシステムでも専門領域が違う人たちもPluralityを推奨しているので、PluralityはすでにPluralityであることを反映しているように思えます。
EthereumコミュニティによるPluralityについての言及
「違いを力に変える」プロダクトの設計と実験がEthereumが起点となっている背景には、Ethereumそのものの設計思想がEthereumコミュニティに浸透しているからでしょう。EthereumはPluralityのユースケースであり、実験の場でもあるのです。