オーストラリアは広大であり、その面積はおおよそ日本の20倍と言われている。しかし、その大部分は熱帯雨林だったり、荒野である。特に中心あたりはもう何もない荒野であり、ここで車が故障した日にはアウトやな、と感じる自然の驚異を感じる。また土地がなんとなく赤茶色のため、勝手に火星を妄想してしまう、そんな土地柄がオーストラリア中心部である。その真ん中に位置するのがエアーズロックである。荒涼とした大地に突然現れる岩のかたまりは圧巻であるが、この岩、なんと一枚岩である。これはさすがに竈門炭治郎どころか煉獄さんでも割れない(聖地なので割っちゃだめだが)。
10数時間かけ、アリススプリング、という最寄りの街に着いた。当時エアーズロック観光はオーストラリアの目玉であり、飛行機でも来ることができ、このアリススプリングが観光の拠点になる街になる。といっても、特にみるものはなく、本当に泊まるだけ、という感じだった。私は例によってドミトリーに泊ったのだが、ここのドミトリーは圧巻で、たしか20以上のベットが広い部屋に2段ベットで並んでいる驚異的に広いドミトリーだった。不思議なことだが、場所がそうさせるのか、飲める場所がないからなのか、宿泊客はみな静かだった(だいたい、酒飲みまくってうるさい外人がいるのがドミトリーの常である)。
翌日、エアーズロックに向かう。ここでの経験は言葉にならない。頂上からみた景色は圧巻の一言だった。こんななにもない場所にデカい岩がある。その高さもすごいので、上からみた景色はまさしく鳥になったような気分である。余談ではあるが、エアーズロック登山は正直優しくない。かなりの岩場急斜面を上り、途中ジャンプしてよじ登るような場所もある。当時、たしか私も20歳前後の体力溢れる若者だったのだが、なかなかにきつかった。しかし不思議なのは、こんな急な岩山を日本人の団体おじいちゃん、おばあちゃん観光客が元気に登っていることである。腰が痛いとか怖ーい、とか言っているのだが、なんやかんやズンズン登っていく。日本のシニアは恐ろしいものである。一番怖いのは下りで、鎖をつかみながら山面側を向き降りていく。おおげさにいうと、ロッククライマーや消防士の気分である(もちろん、絶壁ではなく多少角度はあるのだが)。最初は私も腰が引けていたが、なれると鎖に摩擦を利かせながらうまいことズリズリと降りることができるようになっていた。この周辺には他にも見ごたえのある自然景観地がいくつかあり、リアルな断崖絶壁をほふく前進しながら顔だけだし下をみるとか、いろいろ楽しかった。
最後になるが、エアーズロックは今は登れなくなっている。たしか2019年から恒久的に禁止になったのだ。エアーズロックは先住民アボリジニーにとっては聖地であり、そこに登るなどけしからん、というわけだ。長年の話し合いがあり、途中、一時的に禁止と再開などをはさみ、今は恒久的禁止となっている。このあたりは結構難しい話で、当然観光収入は少なくなるわけで、現地の先住民の雇用などは激減するわけで、観光と真なる意味での文化維持、信仰の優先というかバランスは世界各地の観光資源の近くに住む原住民が苦しむところではある。実際、言葉は悪いが、私が訪れた当時であっても不良先住民みたいなのがおり、結構怖かった記憶がある。
ところで全然関係のない余談だが、このエアーズロックに向かう途中、そしてエアーズロックから次の目的地に向かう途中の両方でパンクを経験した。パンクなんてそもそも日本にいたらあまり経験しないことだと思う。幸い両方とも大きな事故にはならず、感覚的にはブスッという鈍い音がして走りがズリズリズリのようになり停止、そんな感じであった。大きな事故にはならず、と書いたが両方ともおそらく100キロ位で走っており、よく大事故にならなかったな、と思う次第である。ただ、前述したとおり、荒涼とした大地のど真ん中でのタイヤ交換は地獄である。逆にその普段なら歩くことはしないであろう荒涼とした大地に足を降ろすことができたのだが。ちなみに両方ともちゃんとした(はずの)バス会社と旅行会社である。
死ぬ前にもう一度あの景色がみたいなあ、と思ったりもするのだが多分無理だろう。しかし十数時間かけて訪問するには十分価値のある景観であった。このエアーズロックの後は、途中途中で宿をとりながらではあるが、最終目的地のケアンズに向かうのだった。
