We are lonely,but not alone

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①community(コミュニティ)

人間というのは一生孤独である。それは、完全に他人と思考の共有はできないという意味の孤独である。ただ、私たちは一人でない状態を作ることは可能である。そのためには、「コミュニティ」が必要なのである。

昔の人たちは比較的に地域コミュニティに所属しており「安心」を感じていた。現代では、経済の発展と共に選択の幅が広がり、「自由」を得られている。ただ、「安心」と「自由」は正反対であり、「自由」な現代が幸福かと言われたら、決してそう感じている人は少ないのではないかと思う。

SNSがオープンであればあるほど「安心」は確保できな。TwitterやInstagramを眺めれば嫉妬が起こる。だが、SNSは他人の人生の記録ではなく、絶好調のときだけを切り取った記憶でしかないことに気が付いていない人は多い。すべての人が異様な幸福な時間を送っているかのような錯覚に陥り、心理的負担になっている。

インターネット上で「安心」を得るためには、リアルな空間で、安心を確保するためにやっている工夫を、インターネット上にも取り入れることが重要である。インターネット空間にリアルと同じような身体性を持たせないと、安心な空間は生まれない。リアルでもオープンとクローズドを使い分けているように、ネット上の自由さを享受しながら安心を得るためには、趣味で集まるようなクローズドなコミュニティをネット上に作る必要がある。

②identity(アイデンティティ)

昔の人のアイデンティティのよりどころは「何を手に入れるか」だった。例えば、良い学歴、安定した企業、マイホーム、高級車、ブランドの服や時計を所有することがその人のアイデンティティを表しし、幸せの理想像だった。雑誌やテレビのマスメディアがそれらの発信源だった。

だが、現代はモノがありふれ、インターネットの発達によってその姿が形崩れた。現代は、「何を手に入れているか」よりも「何をやっている人か」「なぜやっているか」という理由の方が重要になってきている。

これからは、物質の所有やヒエラルキー付き組織への所属ではなく、自分は何を欲しいのか、何をいいと思うのか、それをわかりやすく表明している個人への注目が集まっていく。SNSでフォロワーを多く集めている人の共通点は、どんな価値観で生きているかがわかりやすく、ブレない人ではないだろうか。

そこで、私たちは「何をやりたいのか」を考えなければならない。

人類ははじめ、「不便」を解決することを目標としてきた。例えば、水道がきてない。電気がきてないなどである。「不便」を解決していくと「不満」を解決することを目標としてきた。例えば、もっと安くできないか。もっと簡単に買えないかなどである。世の中の不便や不満がほとんど解決され、残るのは、個人的な小さな不便や不満になった。

だが、個人的な小さな不便や不満を発見することは非常に難しい。

なぜなら、従来の教育は「問題解決型」の人を作る教育である。これは、問題がある時には非常に有効で、力を発揮する。この教育の弱点は、その問題を解決する必要があるのだっけ?という問いを突きつけられると、動けなくなるのだ。

これからは、自分の小さな問題を見つける「問題発見型」の教育と価値観が必要なのである。それは現代の教育や、マスメディアに発せられる価値観を変える必要がある。現代の価値観はインターネットによる情報でのみ得ることができる。

■まとめ

①community:「安心」と「自由」の両方を得るためには、ネット上のクローズドなコミュニティが必要である。

②identity:アイデンティティを確立するためには小さな問題を見つける「問題発見型」になる必要がある。