約2ヶ月前にさかのぼるだろうか?
英治出版の英治さんと久しぶりにオンラインで再会して、「そういえば経営学者の入山さんとかも一緒だけど隠岐に行かない?」と声をかけてもらって、入山先生とはいずれお会いしたいし、めっちゃ楽しそうじゃん!と思い「行く行く!」と即回答。
その1ヶ月後に中野で英治さんと飲みながら隠岐には島前(どうぜん)と島後(どうご)があって、島前の有人島3島の一つが海の士と書いてアマって言うんだけど、そこが最高なんだよーという話を聞きながら、言葉では聞いてもよくわからず、隠岐ってなんか機会がないと行かないし、海が最高なんだろうなーというくらいの漠然としたイメージしかないまま、米子空港までのチケットを予約。
一緒に行く入山先生たちは出雲空港から飛行機で隠岐まで入ることになった!ってあとから知り、「えっ!?隠岐に空港あるんかーい!」と。バイクで行くのもいいなぁ〜と夢を膨らませていたので、勝手にフェリーしかないものと思い込んでいるという(笑)
そんなこんなで始まった退任記念旅行(タイミング的にもええやん!)は2日(土)早朝4時起きして羽田空港6:50発のフライトでいざ隠岐へ。米子空港からはタクシーで港まで、と事前に英治さんと話をしていたんだけど、ご本人は軽のバンを島に持っていくとのことで、「空港寄れるから迎え行くよ」と言っていただいて、なぜか前日の16時くらいに東京を出て、徹夜で高速を走ってきた英治さんに鳥取でお出迎えいただく、しかもウェルカムボードまで用意していただいて、「本当はマサだからNASAのロゴをいじってMASAにしようかと思ったんだけど、NASAから著作権とか指摘されても俺一応出版社やってるし嫌じゃん。だから今回魚釣りもやるだろうし、ヒラマサにしておいたのよ。これフリー素材www」と。

「前日の16時から高速乗って来たんだけど、エアコン壊れてて、関ヶ原あたりは本当に寒くてガタガタ震えながら運転してきた!しょうがないから手袋はめて毛布かぶって、、、」と港に向かう車の中でも大爆笑。東京から鳥取まで車で迎えに来てもらう、というわけのわからない状況と、車が壊れるか自分がやられるかの勝負だったとの話を聞きながら、なんだか旅が始まったぞー!と俄然気分は上げ上げに。
フェリーのチケット(これがまた昭和なチケットなんだけど)を購入して、いざ2等席へ。車を置いて戻ってきた英治さんが、上着をガサゴソガサゴソ。「ない、ない、チケットがない。島に来る人にチケットだけはなくすなよ、といつも言ってるんだけど。チケットがないと、どこで降りたのか確認できない仕組みになってるから、これだけは大切にっていつも来る人に伝えてるのにー。うーんどうしよう。」

島に渡る直前に、これ見ておいて、って送られてきたYoutubeに海士町のキャッチコピーを紹介した動画があって、「無くてもよい」「大事なことはすべてここにある」という2つの意味を込めた「ないものはない」という言葉をつくったって学習してきたけど、旅のしょっぱなからいくら探しても「ないものはない!」って神なのかと思うネタ。
英治出版から出ている『進化思考』を読んだり、英治さんと島の話をしながらフェリーに揺られて約3時間。最初に上陸したのは、島前3島の真ん中に位置する西ノ島。向こうのチームはもう到着して摩天崖(まてんがい)を散策しているから、国賀海岸でそこに追いつこう!と。「この島は牛とか馬とかそこら中にいるから運転する時は、それに気をつけないとなんだよなー」という話を聞きながら、「またまたー、そんなことある?」って言ってたら、道路をふさぐようにして大きな野生の馬が立ちはだかる状況に直面。クラクションは鳴らせないルールとのことで、英治さんが運転席のドアをバンバン!と叩くも微動だにせず。意を決して、「よし通っちゃおう」って右側を木にこすらせながら通過。馬って後ろにだけは立っちゃだめだよ、って教わってきたのに、「まんがいちの時はマサがやられるだけだし、一応ドクターヘリあるから大丈夫」って大爆笑。

国賀海岸に到着しあまりの絶景に、「これは凄い!これは凄い!」と連呼しながら、写真を撮っていると、なんか気の良さそうな同じ歳くらいの男性が前からやってきてご挨拶。阿部さんは15年前に海士に移住して『株式会社風と土と』を経営されていて今回のツアーを企画してくれた方とのことで、阿部くん→アベック→ベックという変遷を経て、通称ベックと呼ばれている方。「まもなく先生たちも降りてくると思いますので、こちらで待ちましょー」と通天橋と言われる岩場の地層から地球の歴史を感じ取れる場所で待機。

断崖の上のほうから騒がしい一団が降りてくる。何やら定規を出して、「この12cmが人類の誕生から今ですよー!みんなでジャンプ!」面白い登場の仕方。定規を出した子の名前がオカユちゃん。彼女は地層マニアでこの島前のカルデラは世界中の地層の中で2番目に好きとのこと。1番目はリクケイサス。そしてひときわ声が大きくお話しされているのが、ユカさん。それに西田さんと大場さんもはじめまして。長島さんはカントク!と呼ばれながら、みんなに声がけして、「こちらですよー」と誘導している。唯一の知り合い源田さんこと源ちゃんはコロナ前は時々誘っていただいてはひたすらハイボール片手に飲み交わすメンバー。そして入山先生は芝生の傾斜を靴で滑りながらグラススキーだー!と。みんなで芝生の上で車座になって座ると、入山先生の履いていた靴の裏がボロボロで大笑い。
オカユちゃんはお弁当を持ちながら、先生と同じルートをたどってお弁当を届けてくれようとしたら思いっきり尻もちをついて「きゃーっ!」と言いながら、お弁当だけは死守。無事全員揃って自己紹介のご挨拶とランチ。なんだか面白い旅になりそうっ!てこの時は何が始まるのか理解もせず流れに身をまかせてみることに。

そしたら先生お願いします、って話が始まり、ホワイトボードとペンが登場。ん!?!?ここで授業開始!?!?なにこれ。最高の青空授業やん!人間には見えている知と見えてない知があって、野中先生が唱えたSECIモデルのように、形式知と暗黙知があるんだけど、この暗黙知のほうが膨大にありそれを言語化していく作業が重要。それによって新たなる知を探索することができる。人と人が触れ合った瞬間、ものやこの風景を通しても自然発生してくる身体知を感じ取り、それを一度自分の中で深く内省し、対話を通して言語化していくことにより新たなる知の共有を行う。これは言ってみれば、サウナで熱を感じ取り、水風呂で身体を冷やし、外気浴で整わせることと一緒。サウナ理論の誕生(笑)『世界標準の経営理論』を読んでいた1ファンとしては、控えめに言って最高な時間。

次のコンテンツに移りますよー、とのことで何何?と車に乗り込み、港へ移動。副町長が迎えに来てるので、それと、副町長の同級生と、ベックの船にそれぞれ分かれて乗船。車の中では副町長はお歳をめされているのでちょっと頭が薄いから、船の名前は秀丸という話。副町長が操縦する船の横には野生のイルカがぴったりと寄り添い顔をのぞかせてくれた。
自然を身体に感じつつ、釣り大会の開始。源ちゃんから「釣り対決しません?船がチームメイトで1名あたりの釣り上げた魚数で勝負。ドベチームは1位にハイボール1名あたり3杯!」とのメッセ。そりゃー素人に負けたらあかん!とのことで、3名で6匹釣った我々ベックチームの優勝!源ちゃんは4名で6匹。先生は4名で1匹。連呼鯛とイトヨリ鯛をGET。途中でベックが少し時間を気にしながら、海士町は菱浦漁港へ着岸。いよいよ目的地海士に上陸!ボート型の船で港に到着したので、港に上がるには自分の背丈くらいの高さの壁をよじ登る必要があり、手は貸したもののサワはそこでスネを強打。久しぶりに目が飛び出るくらい痛かったーと言いながら「都会では味わえないわー」どんだけ前向き?

初日の宿はなかむら旅館。心地よい塩対応で、最大の難関はチェックイン!と事前に英治さんからは聞いてたけど、普通に部屋通してもらって、ふすまで仕切りはあるものの、20畳くらいの部屋に宿泊。こっちの家は鍵をかける習慣もないし、車もキーはつけっぱなしで、逆にキーを持ち歩くなんてことしたら、落としたりしちゃったら大変なこと、という概念。もちろん我々の部屋もキーレスエントリー。ちなみにこの中村旅館凄いライブが時々開催されるらしい。1970年代のGibsonを軽くさわらせていただきながら、それ60万くらいするよと言われ、自分で弾きながら「いい音してますね」との感想。我ながら現金商売w
https://amatte.jp/archives/315
「さぁ町長待ってるから移動しますよー」と声がかかり、宿屋の近くの役場で町長さんとご対面。このツアー、町の首長さんにも会えちゃうんだ、すげーって思いながらディスカッション。海士町がどうやって過疎化と向き合って来たのか?これからどうしていきたいのか?諸々お話伺うことができる中、印象に残ったのは副町長がおっしゃっていた、「危機感だけでは長続きはしねぇ」っていうフレーズ。会社と同じで危機感はいったん結束感が出るけど、いつまでも危機感と対峙していてもダメ。みんなが幸せに向き合えるよう考え続けないといかん、と。入山先生が経営も一緒で答えはないけど、その答えを自分たちで見つけるべく努力をし続けることそのものが経営ですね、と。考えることの大切さ、と考えないことの楽さ、長い目で考えた時の向き合う力。人はみんなそれぞれ違っていいんだけど、一緒に生きていくこと。関係性の質。
元写真屋さんとして最後に集合写真をパチリ。やっぱり写真は重要。

さぁいよいよ一日も終わってみんなで宴会!と思ったら、風と土とのオフィスで車座になってユカさんが主導してマインドフルネス。姿勢や呼吸とかを整えながら一日を振り返っていくんだけど、前に経営者研修で経験したマインドフルネスとは何か違う感覚。何も起きなかった前回とは違い、今日起きた身の回りのことが鮮やかに蘇って来る体験。
そして今度こそ、と町の若手経営者二人が合流して宴会開始。大野さんとまこっちゃん。まこっちゃんは記事もあって、最近は自動車屋さんも設立。紹介記事はこちら。
https://ama-town.note.jp/n/n57f8feb2f352
釣れた魚はカントクとユカさんが、オカユと大場さんで牡蠣の殻剥き、ベックとサワで本格的な竈で炊飯。美味しく海の恵みや大地の恵みをいただき、大盛りあがり!


にしても1日目だけでも濃すぎ!
単なる旅行と思っていたけど、なんだか凄いぞ!
2日目を迎える時にはじめて、入山先生が監修する研修ツアーを作っているんだ、ということを知り、「あーーーそういうこと!!!」と理解するという。
ここからは記憶の中で鮮明なもののみを紹介。
海士町役場のタッちゃんの話。完全にベンチャー起業家にいるタイプ。絶対に活躍してほしい!なぜなら昔の自分とそっくりだからw
崎(さき)地区に移動して、閉鎖した小学校の庭で崎の人たちと綱引き。
綱引きでは以前会社で参加賞的な枠で国体に出場した時の経験が活きる!という。なにごともやっておくことですな。
結果はもちろん勝てるわけないんだけど。

それでも一緒に縄を引いたことによる一体感で仲良しに。ランチ弁当食べながら、みんなと友達になる!という。
大工をやっている日高からは、なんで綱引きやってるのか?とか、5年前までは毎回最下位だったこととか、どうやって強くなったのか?といった話から、近所の商店でお酒を手にとり、その家にあがって酒飲む居酒屋スタイル、という話したり、娯楽はみんなアマプラとかネットフリックス見ているという話になったり、近所のおばちゃんには、「まだ死んどらんのか?と声をかけよる」というコミュニケーションをすることによって、お互いが身体のケアをしたりしているという話をしたりとか。なんか久しぶりに小学校の頃に友達ができる感覚が蘇ってくるという。
最後は「今日このあとBBQやるけん戻って来んか?」との誘いに、次どう動くことになるかわからない大人たちは「行きたーい!」とだけ意思表示して帰路に。
島留学をしている島前高校の生徒と卒業生を囲んでのディスカッション。
もろちゃんからは、「なぜ働くのか?」という問いを全メンバー突きつけられることに。
台湾のオードリータンは20歳のメンターをつけているという話も強烈に印象に。
その後ユカさんのマインドフルネスからのフィードバック会。
目を開いた瞬間みんなで腰掛けた波止場の目の前を大群のイワシが通過。
いちばんしんがりのイワシたちはどうなるんだろう?と思ったら、ほんの少しのイワシだけ取り残されて目の前でとどまるという。なぜこんなことが起きたのか?自然からの問いかけなのか?
2日目の宿泊は昨年7月にリニューアルしたというホテルEnto。
「先にチェックインしてください。」と言われてるのに、入山先生が「今崎地区に戻らなかったら行けなくなる!」との一言で、サワの運転で事務局の方は残して小学校のグラウンドへ!
崎地区でのBBQはこれを幸せと言わずになんという!という凝縮された時間。大場さんによる「めかぶー!」が生まれた瞬間。スバルにリョータに日高にトシコに白石さんに長老(勝手に呼んでるだけ)ありがとう!また会いたい!!



参加者全員ベロベロのまま、夜は町のイタリアンで小学校校長や給食センターの方、崎地区のリーダーと交流。
校長先生とは肩を組んでケン!マサ!と呼び合うくらいの仲に勝手にならせてもらうという。
最終日西田さんと自称非公認海士町親善大使の英治さんと景勝地や神社へドライブ。いい時間。

最後のセッションはユカさん指導のもと呼吸を整えながら、大地を足の裏で感じて、ゆっくりゆっくりと15分程度歩くマインドフルネス。
自分はなぜここに立ってるのか?そもそも経営者向けプログラムを監修しているということも知らなかったし、いったいなんでいるんだろう?と立ち返る瞬間。
20年間人生一回かぎり!と早く走り続けてきたけど、ゆっくり歩く方法を知らなかったことに気づき、意識してゆっくり歩くためにここに来たんだ!ということに気づくという。
海士がなぜそれに気づかせてくれたのか?
ここには人として大切にしなければならないものが沢山残っている。(ちゃんと町の人が日々対話をしながら続けているという表現が正しいのかもしれない。)
東京に戻ると、それぞれの鎧を装着し、隣は何する人ぞ?という誰も助けが来ない中、日々の戦いに気を張っているけど、そんなものは完全に脱いでよくて、心安らかに過ごせる場所として町が存在している。
最後道後へ向かうフェリーには町で会った人全員が見送りに来てくれた。
昔テレビで見たことがあるテープをデッキの人たちと結ぶやつ。
最後見えなくなるまで手を振り続けてくれてる姿を見てなぜだか涙が頬をつたった。
異常に愛おしい瞬間だった。


英治さんには2017年から築き上げてきた英治さんの町との信頼を3日間で十二分に味あわせてもらいました。とお礼を伝えて、なんで研修の監修に私を入れようとしたの?と聞いたら、「マサは混ぜるな危険だからな〜。ちょい危険なシーンも実際あったけど。」とお褒めの言葉をもらいながら、今回出会った皆さんと志事(仕事)したいなぁ〜という想いを心に秘め帰路へ。
なんで泣けるほど素晴らしい体験だったんだろう?とつくづく考えてたら、今朝起きてふと思い浮かんだのは、スターバックスのUXフレームワーク。企業人であれば誰しも参考にしているユーザー体験向上屋さん。あの中に何かが足りないんだよなぁ〜と思ってたら、時空を超えていく概念が足りないんだ!といことに気づき、「あぁオレはあそこでご先祖さまに会いにいけたんだ!」ということに気づくとともに、【安心】×【信頼】をベースに人々の思いが紡がれると、人は快適ゾーンにずーっといられるんだ、ということが認識できた旅でした。

さて、「日本人の心の故郷」海士を胸に一歩足を踏み出してみようかな。

