味噌の脳みその作品自体や世界観をさらに楽しんでいただくために、散文的にといいますか、徒然なるままに、作品に散りばめた表現、言葉遊びや隠喩、そのような諸々をここに綴ってみようかと思います。尚、文章は得意でないので拙い文章ですがご容赦いただきつつ、ぜひご一読頂き、鶸萌黄という作品を知っていただけましたら幸いです。
![人形#肆「鶸萌黄」 3840x2160 Full Rendering [unlockable content]](https://img.paragraph.com/cdn-cgi/image/format=auto,width=3840,quality=85/https://storage.googleapis.com/papyrus_images/b95237a7c31700d9e13f979c2a6a1c910f04658bb2e21cf35e23accdc3515f02.jpg)
鶸と五月蝿い囀り
弱い鳥と書いて鶸。飼うとすぐに星になってしまうことが由来だそうです。そんな鶸の字を持つ鶸萌黄も、同様に大蛇サマを降霊したその時から余命は幾許。俯仰之間を静かに心交わすことに専念したい鶸萌黄は、音づる(音を立てる)ものを次々に鎮めていきます。小鼠や小鳥、蟲どもは簡単に鎮める事ができましたが、四月五月は緑葉の萌芽たちが青々と伸びゆく季節。毟っても毟っても五月蝿く囀りまわる萌黄色の萌芽たちの芽吹きはどうにも鎮められません。喧しいこの囀りをどうすることもできず、鶸萌黄は苦悩し、怒り狂っています。
赤い鳥居
赤く彩られた中央の鳥居は神明鳥居。原始的な鳥居です。原始信仰の対象とされてきた大蛇サマをお招きするには相応しいかもしれません。その鳥居の下で鶸萌黄は大蛇サマを待ち続け降霊します。鳥の居る所。音を立てることなく大蛇サマに自分の居所を伝える術。
鈴と鈴蘭
そんな音を嫌う鶸萌黄の髪飾りが、シャンシャンと音を立てる鈴の字を冠した鈴蘭というのはなんとも皮肉なことです。しかし、その花言葉は、幸せの再来、純粋、純潔。大蛇サマにまたお会いしたいと強く願う鶸萌黄の純粋さを表すに相応しい花なのです。そして、幾度と毟ったであろう萌芽たちの中に紛れ、唯一鈴蘭だけが、開花しています。
契と千切
開花した鈴蘭と対置された鈴。社にある鈴は、参拝者の心を清め、神霊の発動を願うもの。鶸萌黄はそれを引千切、落としています。この愚行も、すべては依代として大蛇サマを降霊し一つに交わりたいと願うがあまり。交わりとは真に一つにということ。即ち、契。
捕食と補色
鶸は野生下において、たんぽぽなどの植物の種子を食べているそうです。しかし、その種子が芽吹き始めたいまや互いの立場は逆転しています。結果、鶸萌黄は己の両の眼を赤に染めます。補色。それは相反する色同士の関係性ですが、時に調和し、互いが互いを生かし合う関係でもあります。
音づるあなた
作品は、そんな大蛇サマを降霊した鶸萌黄のもとを訪れた第三者の視点で描かれています。それは小鼠か小鳥か、はたまた蟲か。互いに目が合ったその瞬間、「大蛇サマの御前、音づるなかれ」と手を口元に添え、こちらに目配せする鶸萌黄。同時に右手を挙げ、今にも剋殺の一撃を下さんとする大蛇サマを宥めようとしています。
囀る萌芽たち
鶸萌黄を取り囲む夥しい量の萌芽たちは、実際に自然の中を歩きながら出会った植物の葉を撮影し、この3D空間に持ち込んだものです(3Dモデルで植物を作成し表面の質感に撮影データを使用)。画像テクスチャの手法は至極一般的ですが、今回のこれは画家が自身の血や体液を用いたり、植物から抽出した色を用いたりして絵を描く行為に似ています。その結果、作品に作者の気配をあたえ、私自身の怨や業の層を厚くしようと試みています。この怨を受け止めてくださる御方にお迎え頂けることを願って止みません。
鶸萌黄(ひわもえぎ)
可愛らしい乙女のような名と顔立ち。下唇のみの紅は伝統化粧。おちょぼ口で微笑んでいるようにも見えるその口元に対し目はこちらを睨んでいるかのようにも見えます。憤りと焦りを内に秘め、こちらを睨み続ける彼女。萌芽たちと同じ、緑の名を授けられ残酷な運命を与えられた人形は、皮肉と矛盾のカオスの中で、なぜ私を作ったのかと、傀儡師を恨み、怨嗟の声を上げることもできず、坐しています。
知と暴力
鶸萌黄で表現したテーマは、我々人間の中にある矛盾や対比、抗いや相反する関係性のようなもの、そのカオス。神霊の依代となり降霊術を成す高位な存在が、なぜこのような衝動的狂乱と殺生という愚行を繰り返してしまうのか。それは、なぜここまでに賢く進化した現代の人々が、突如争いや暴力、利己的行動に走り出してしまうのかということにも似た側面を感じます。なにより、静寂を求めるがあまり費やした多くの時間を、鶸萌黄はもう取り戻すことができません。より濃密な時間の過ごし方があったはずですが、忠誠心や愛というものは盲目のようです。
鶸萌黄色の和装
もはや鶸萌黄に残された現世での時間は指折り数えるほどしかありません。今に彼女の眼球はガラス玉と化し、関節は力を失い、空の器と成り果てることでしょう。しかし、彼女はそんな己の最後を悟っておきながらも死装束ではなく斑な鶸萌黄色の和装を身に纏いこちらを睨み続けます。これが彼女の最後の抵抗です。
これが私の考察です。後付なの?と思われるかもしれませんが、制作中は瞑想や念仏を繰り返しながら手先が動くに任せ制作しております。わたしの中の無意識を表出させるためです。
他にも色々な意味が作中には多数転がっており、考察の余地が多く残っているかと思います。どうぞご自由に鶸萌黄の世界を想像し、ご自身の鶸萌黄をご堪能下さいませ。
そして、私が見つけられていない鶸萌黄の姿を見つけられましたら、どうぞひっそりと音を立てることなく耳打ち下さいませ。

