【俺の教訓】3度の無職生活から這い上がった元アダルトチルドレンRIYUの世界観ブログ 〜学生寮の話〜

よっしゃあ!今日も最高の一日がやってきたぜ!!

こんにちは!3度の無職生活から這い上がった元アダルトチルドレンRIYUだ!

今回も俺の人生を赤裸々に記す世界観ブログを書いていくぜ!!

前回の記事はここから読めるぜ。

今回は高1のことについて話そう。

結論を言うと自分で選択できることが人生を幸せに生き抜く秘訣で人間と仲良くなるには愚直で地道に積み上げることが必要ということだ。

なぜこういう背景があるのかというと高1の俺は中校(高知県立中村高等学校)の寮(菁莪寮)で孤軍奮闘で生き延びたからだ。

菁莪寮の寮生活は俺の人生で最も最悪な一年だった。

人生ゲームオーバーしたいと本気で思っていた。(しかしそんな勇気は俺にはなかった)

ようやく親元から離れて暮らすことができると思ったらいきなり知らん人間に冷たい態度をとってきてとんだとばっちりを喰らったわけだ。

こういう原因になったのは根本の心にある「人間は父と母みたいな存在ばかりなんだ。」という前提があったからだ。

小学校、中学校、高校、会社どこに行っても都道府県を変えても同じような人ばかりに合ってしまうのだ。

俺は実家ではこんな悪者がいる家から出ていきたいという一心だけで生きてきた。

だからといって働きたいとも思わなかった。

なぜなら寝ている親としんどい思いで仕事をしてきた親の背中を見てきたからだ。

だから俺の心は働きたくもないし勉強にも行きたくない。

俺は外に出ると辛い目に合うというイメージが刷り込んであるのだ。

それは実家を出ても同じだった。

根本から変えない限りずっと同じ人間ばかりだ。

俺の中には「世の中の人間とは父親と母親のような人間ばかりなんだ」という前提があった。

それを引きずって家を出たもんだから似たような人間が俺の前に現れたというわけだ。

だからこそ馬が合わないと感じた時点で出て行くことが必要。

応援してくれる人がいる環境ではやっていけるというなのだ。

そこから人間関係は運任せなのだという思い込みを捨てて人間関係は選択できるという考え方を持つことが大切だと気付くことができた。

入ってからでは遅い。

一度脚を踏み入れると一生出られないと思ってもよい。

それぐらいの覚悟が必要だということだ。

事前に誰がいるのかどんなスケジュールで進むのかを把握することが重要だということだ。

寮の人間がどんな人なのかは完全に運だ。

親も家族も家庭も親族も学校も会社も地域も世界も全部運なのだ。

俺は運悪くギャンブルで負けたというわけだ。

しかもいつもいつもだ。

自分がどれだけ輝けるとかいけるとか確信がつく時にいつも人間が大きな壁として必ず立ち塞いでくる。

会う人間がギャンブルとか運任せでいいわけがない。

楽しく過ごせる人間を選択するのだ!

信じ合える人間は選択できるのだ!!

俺はそう自分さんと信じて生きるんだと決めた。

教訓は見ず知らずの人がいきなり同居生活なんていうのは意見も価値観も食い違いまくって地獄だから絶対やめようと断固として伝えたい。

俺の親はもっと酷い状態で同居生活していたんだとブログを書いていて気付いた。

そもそも寮生活のシステムがおかしかったのだ。

これは見ず知らずの人同時と婚姻届を出して無理矢理結婚させて無理矢理同居させるという非情な暴力なのだ。

あなたは好きか嫌いも分からない見ず知らずの相手と「はい、今日から屋根の下で一緒に寝泊まりしてね。ただし一年間はどんな理由があろうとも出て行ってはいけません。」と言われたらどう思う?

面白いと言うチャレンジャーがいるかもしれない。

しかし俺は「絶対に嫌!断固として拒否!自分で寝ぐらを築いてやる!!」と大声で叫ぶだろう。

そう、ここで重要なのは「最初から他人のことを好きな人なんていない」ということだ。

知らない人は嫌い。

これは合理的で現実味がある意見だ。

俺は最初から好きになってくれると無条件の好意を期待していた。

しかしブログを書いていて気づいた。

最初から何もしていない俺のことなんか好きな人はいないんだと。

最初から俺に近づいてくる人は俺を奴隷にするか金目の物を狙って奪おうとする輩だ。

もっと言えば結婚のシステムもおかしいと主張したいところだ。

これを無責任だと非難しているあなた、どうぞ好きなだけ言ってくれ。

俺はそんなあなたとは一生距離は遠いままだ。

むしろこっちからお断りだ。

なぜなら人間関係は選択できるから。

寮に入ってからのお楽しみなんて完全にギャンブルである。

お楽しみなんて冗談が言えるものではない。

それよかギャンブルよりもタチが悪い。

寮生活は自由に選べない苦しさも同時に味わった。

だからこそお金や時間やテクノロジーを使って自由にやりたいことやほしいものを選択できることが非常に重要かということを伝えたい。

俺にとってお金とは人生で自由を得ることができるツールだということを提唱する。

お金がないと自由に住む所、人間関係、食べ物が制限されたしまう。

結果的に自分と合わない、自分が下になる服従関係になってしまうのだ。

お互いに面識があって仲がある程度確立されてから同居するというのが最善の道筋である。

デートの約束して何度も会ってようやく仲良くなるというのが王道であり安泰の道なのがあの一年で分かった気がする。

人間関係しかり経済的自由しかり王道というのは地道なものなのだと身を持って知った。

この経験があったからこそ、俺は運とか他人に選択させたり決めてもらうという思考は非常に危険であることを思い知ることができた。

他人に人生をコントロールさせること、他人に自分の人生を選択してもらうことは自分の人生を放棄して他人の奴隷になることを意味するのだ。

俺の教訓は自分の人生を自由にコントロールできる環境に住むのが幸せだ。

そのためには自分が必要とされている環境で貢献することが大切だ。

地道に積み上げることが最善の方法なら、自分が実現したいことを地道に積み上げた方がいいということだ。

誰かと仲良くなりたいと思っているあなた、自分の意見や感情を押し殺すと簡単に孤立できるよ。

誰かの言いなりになっていても本当は相手から距離が離れて行くのさ。

逆に言えば嫌いな人がいれば相手の意見に「はいはい」と空返事していけばだんだん距離が離れて行くよ。

相手の話を聴いているようにみえて実は相手を拒否している行為なのだ。

そして人間関係を選択できるようにするにはまず自分さんを深く知ろう。

自分さんというキャラを客観視して「自分さんが楽しいことは何か?自分さんが苦手なことは何か?」を問うて感じてほしい。

自分さんはこう思っているんだと自覚して無条件に受けとめよう。

そうすることで自分さんは「誰と相性がいいか?すれ違いが起こるか?」という道筋が生まれてくる。

あと「これは自分が思っていたこととは違うことなのでやめます」という主張はできるようにしてね。

寮の時は強制で1年いないとだめだったけど、漫画研究部の時ははっきり言って入部しなくても1日だけでやめてよかったのだ。

寮から出ていけないという事案を引きずって漫研も出ていくという思考を忘れていたという弊害だ。

日本のシステムは「一度入ると一生出られない。出ていくと厳重な罰や一生冷遇する」という悪習がある気がする。

これを「家族のようにずっと面倒を見てくれる」といえばいい聴こえになるが、景気が激変したこのご時世おんなお人好しなことはもう終わった。

「一度入ると一生面倒を見てくれる」といえば聴こえはいいが、俺は「気に入るまでいくらでも乗り換えてもよい」という世界を望んでいる。

あくまで個人的意見なので受け止める必要はない。

まとめるとあなた自身が「この人なら楽しいことも苦しいこともどんなことを言っても真剣に受け止めてくれる」という存在の人間と出会って共に生きていこうということだ。

そういう存在の人間が一人もいないと俺みたいに独りぼっち生物になるから絶対やめてね。

俺にできることは一人でも俺のような天涯孤立の独り身人間が生まれることを断固として阻止することだけだから。

(高1の出来事)

・アニメディアを買い始める。放送されているアニメを全て網羅しようとする。後にニュータイプも買うことになる。何のために読んでいたのかというと他人と話ができるようにするため。なぜ全部のアニメを網羅しようとしていた理由は「知らないの?遅れているね。知らないあなたに用はないからあっちいけ」と言われることを恐れていたため。要は恐れの魂胆が幼稚園児がいじめる時の発想である。もう一つはKFSで描く絵の参考資料として購読していた。

特進にアニメの話をするなんてご法度だし、そもそも俺は人に話しかけるのが怖かった。

本当は勇者シリーズのロボットアニメの話をしたかった。技とか台詞を思いっきり叫んでわいわい楽しみたかった。高3の時にuとaという同級生がジェイデッカーのことを話していたのを聴いた。(記憶違いかも?)

美少女アニメ好きのsから声をかけられたがあんまりいい気持ちはしなかった。

・漫画研究部へ入部。漫画やアニメの歴史を考察したり語り合う場所だと思って本気で漫画を研究する会だと信じて入ったら漫画を描く部だった。nという同級生をライバル視する。俺のほうが絵が上手いし話の内容は面白いというマウントを取ることに必死だった。

焼肉おごるとか勝手に話が盛り上がったから焼肉くんという愛称になっていった。

女に一時的にちやほやされていてハーレムというやつだった。テレビの見過ぎとか人の常識とか世間体とかで毒されていたかもしれない。正直女に囲まれても本心では「別に普通やん」と思った。

・講談社フェーマススクールズへ入会してしまう。中2から描いていた絵の積み重ねが実を結んだのかもしれない。「スクールを卒業したら紹介できる」という話を安請け合いして間に乗ってしまう。本気でプロになるつもりでもなく自分自身の絵が他人よりうまかったり喜ばれたり必要とされることもなかったおかげで入会した後は地獄の日々を生きた。この話は次回話す。

・携帯電話に執着するようになる。単純にタイミングが悪かっただけだが、父に逆恨みしていた。今考えれば携帯電話は別に必要なかったし公衆電話でも連絡できるしもっと言えば親とは一切話したくないと思っていた。毎月ドコモのカタログをベスト電器とヤマダ電機から貰ってずっと眺めていた。suとボーダフォンにはギミックケータイがほとんどなかったから謙遜していた。

新機種が出るごとに「どんなギミックがあるのか。面白い変形が出てきて欲しい」という自己満願望を持つようになった。ケータイがロボットの代わりになっていったのだ。

俺の世界観ブログ、今回はここまでだ。

楽しんで頂けただろうか?忙しい中訪れたみなさん、俺の記事を読んでくれてどうもありがとう!

この記事を読んで共感してくれたり、励みになってくれると嬉しいぜ。

次回のブログもまた読んでね。

みんな、今日も一日楽しく過ごしてね♪

次回の話に続く