難しいことはわかりません。 ひとつずつ興味の扉をノックして、勝手に侵入していくうちにMirrorへ辿り着いたのが昨日のことです。
躊躇せず今日ここに記し始めているのは、私の誕生日だから。
毎年、まだ未体験のことをやってみる日、何かを始める日としています。 年齢がひとつプラスされる日だから、経験もひとつ増やしていこう、そんな日。
仮想通貨との出会いは今年の春、NFTアートへの興味でした。
たぶん、今が何かの移行期間のように思えます。 NFTアートはアニメ画のようなデジタル絵が主流ですが、私のような、 絵具をモリモリと重ねて描くような絵の行き場は、どこかの「壁」でしかないのだろうか。
m2eなど何かしらの機能を持つNFT、ウォレットからウォレットへ富を求めて移動するデジタルアートたちを自ら保有することで、スマホの中の画像に愛着を持ち始めたことに何より驚いています。
投資や投機の目的があっても良いけど、ずっと持っていたいNFTも「あり」だと思いたい。 NFTに愛情を持ったら負けだ。 だったら、愛情を持たれないNFTが勝ちなの?
おそらく作品の持つ「性質」の違いなのでしょうけどね、 創作の心にお金を絡めて堂々巡り。
作家仲間にはまだまだWeb3の理解を得られないけれど、ニーズを求めて一歩を踏み出してみたらどうだろうか。 やるなら今日から。
58になりました。 100歳まで生きるとして、折り返し地点は過ぎたのだから、まだ見ていない景色を広げて行きたいですね。
とりとめのないスタートになりましたが・・・お読みいただき本当にありがとうございました。
コロナ禍、手のひらより小さなキャンバスに描きためたものです。良かったら覗いてみてくださいね。

