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私はSeiyaといいます。MonoBundleという会社の代表兼CTOをやっています。
そして、これから話す、Centrumという場所の統括をしています。
我々は、東京の渋谷の中心で、Centrumというスペースを運営しています。
そこは、p2pやブロックチェーン、Web3に取り組むすべての人のための、ハブ的な、ラボ的な、そんな存在でした。毎日色々な話をしたり、プロダクトを作ったり、イベントを開催したりしていて、海外からも様々な著名人やプロジェクトが遊びにきてくれたりしていました。ここから生まれた協業やプロダクトもたくさんありますね。技術やビジネスだけではなく、文化や歴史についての会話もたくさんしてきたことを覚えています。
間違いなくここは、日本のp2pやブロックチェーン、そしてWeb3の中心地であると言えるでしょう。
そんなCentrumは、2025年7月末を持って終了することになりました。プレスリリース
みなさま、これまで愛してくれて本当にありがとうございました。
Centrumのあの場所やチームは、みなさまの力になれていたでしょうか?
みなさまにとって居心地の良い場所でしたでしょうか?
もしそうなっていたら、心底嬉しいです。
あのスペースは終わりますが、Centrumの旅は決して終わりではありません。
ただ一つ区切りとして、私の視点からみたCentrumの歴史についてや、この業界への気持ち、過去と未来のことについて書いておこうと思います。
Centrumは、2023年08月25日から約2年弱ほど、ブロックチェーンやWeb3関連業界のアジアのハブとして、日本の中心地として運営されてきました。場所も渋谷という自由かつ文化的な街で、思想や権利の意識から生まれたこの業界と、とても相性が良かったです。
そもそもこの業界は、企業の大小に関わらず参入可能で、そして最初から相手はグローバルです。そのようなところで我々がやるべきことは、業界間や業種間、あらゆる壁を取り除いて情報格差をなくし、人と人、会社と会社とを価値ある形で繋ぐことでした。
日本はまだまだ世界から遅れをとっており、世間の風当たりも強いですから、このCentrumのような、本質的な情報が集まり筋の良いつながりを作れる場所は、とても貴重で、とても重要でした。
最初の1年は起きること全てが驚きの連続で、運営を成立させることに必死でした。
物理スペースを運用することはもちろん考えることが多く大変ですが、ブロックチェーンプロジェクトやその周辺の人物の多様性を思い知らされることもしばしばありました(笑)
それでも、多くの人がCentrumを知ってくれたり、遊びに来てくれたり、イベントを主催してくれたりして、「Centrumが好きだ」という言葉をもらうたびに報われていました。
海外カンファレンスに行った際、Centrumのことを知っている人に会ったとき、しかもそれが複数人いたときは驚きました。ここまでCentrumを知っている人が増えて、良いと思ってくれているんだなと。 そして全員「最高だった」「日本に行くときは絶対に寄る」と口を揃えて言っていました。彼らの紹介で利用してくれたり、遊びに来てくれたりした人も多くいます。
1年と少しが経つと、運営にもある程度慣れてきて、色々考えるようになりました。
日本のこの業界に本当に重要なことや、今足りていないこと、我々に何ができて、何がしたいのかなど。 1年間このCentrumを運営した経験から、そして何より利用してくださっているみなさまの声から、当時から今に至るまで、常に我々の在り方を考えさせられてきました。
今の我々は胸を張ってこう言うことができます。p2pやブロックチェーン、Web3に至るまでの歴史や文化を重要視し、それを継ぎ未来を作っていこうとする人々、つまり意志を持って手を動かすすべての人の味方である、と。そして、この技術や文化に少しでも関心を持つような、普段の生活や社会に違和感を感じているようなすべての人の味方である、と。
もちろん、ハブとして人と人とを繋ぐのも重要です。しかしそれ以上に、先人たちに多大なリスペクトを持ち、自身の願いを実現せんと手を動かし、そして何よりこの文化や技術が好きな人たちと共に未来を作っていくべきだと考えます。そして、まだ本格的に踏み込んでいない人や、まだこの技術や文化を正しく理解できていない人でも、彼らの問題意識やクリエイティビティが適切に発揮できることで、世界がもっと良くなることを願わずにはいられないのです。
私はとにかくコンピュータ科学が大好きで、毎日毎日1日中コンピュータと向かい合ってきた人生でした。コンピュータがどのように構成され、どうやって動作し、何が実現できるのか、これらに対する興味が尽きることはありませんでした。他の科学的分野とは少し違った、先人たちの工夫や発想が織りなす人文的な側面にも、とても惹かれていました。知的好奇心に勝てず明かした夜は、とても数えきれません。
振り返ると、コンピュータの哲学や歴史は、私の人生に本当に大きな影響を与えてくれていました。考え方や物事の捉え方が完全にそれをベースにしたものになっていますし、p2pやCypherpunk思想と出会えたのもその一つです。
2018-19年くらいの時期、複数のマシンが強調して動く分散システムに面白さを感じ、深掘っていた時に出会ったそれは、その根底に息づく文化と哲学というあまりに大きすぎる示唆を与えてくれました。まるで今まで私がやってきたコンピュータ科学は、すべてこれをやるためだったのだと感じざるを得ない程の衝撃でした。そこから深く調べたり手を動かしたりするうちに、その衝撃はより洗練された確信へ、自分の哲学へ腹落ちしていきました。この一連の体験が今の私を作っており、今もなお変容し続けています。
そして、それと同じくらい、人と話したり一緒に何かをしたり、それをサポートすることが好きでした。 それぞれの得意なことを知り、バックグラウンドを理解し、共に立ち向かえる課題に向きあうこと。それは私にとっては、相手の考えや哲学、文化に触れ、自分の中にあるそれをより納得のいく形に洗練させていく行為でもあり、同時に自分が相手に提供できるものを模索するような行為でした。それに合わせて、身の回りの人間が向き合っていることがうまくいくように(これは僕のエゴかもしれないですが)、直接的・間接的な支援をすることもまた、私の喜びの一つです。
そんな私がCentrumの統括を務めることになったのは、Centrumがローンチして少し経った、2023年12月ごろでした。この時期から、今までコンピュータばかりやってきた私が、実に多くの人々と会話するようになりました。スタートアップからエンタープライズまで、伝統的な産業から先端技術まで、個人開発者からチェーン・財団まで、本当に様々な視点を持った方々との対話を経て、色々と学びを得ることができました。
そこで私が目の当たりにするのは、彼らが取り組む素晴らしい取り組みが多々ある一方で、深刻な問題も同時に潜んでいる現状でした。そして、なぜ今この分野で日本社会は遅れているのか、国民の認識がついてこないのか、私なりの考えがある程度浮かび上がってきました。
これは一言では言い表せないほど複雑で、そして難解です。しかし、この2年間の私の思索が、この日本や業界の未来に寄与できるものと信じて、ここに残しておこうと思います。 ちなみに、特定の企業のことを言っているわけでは決してなく、Centrumの視点から業界を見た際に感じることです。これは悲観でも攻撃でもありません。未来に向けた警鐘であり、自戒であり、希望です。
まず第一にこれが挙げられます。これだけでは抽象的ですが、同時に、これだけで全てを理解できるほど本質的でもあります。 哲学とは何か、これも難しいかもしれませんが、ここでは私は、「物事への思索を深めること、そしてそれを腹落ちさせること」と定義します。物事への思索を深めることで、新しい視点を獲得したり、仮説を立てられたり、また単に物事の理解が進んだりします。
では、ここでの「物事」とは何でしょうか。それは、社会構造かもしれません。それは、分散技術かもしれません。それは、人間の気持ちかもしれません。人によって異なるかもしれませんが、私はこれを「p2pやブロックチェーン技術、Web3がもたらす全て」だと捉えています。
日本には、この哲学を持っているプレイヤーが少ないと感じています。スタートアップやエンタープライズなど、企業規模や領域ごとにどうしても事情は異なるにしても、これは共通しています。
私から見ると、その様な企業は、売上を作る手段としてWeb3が今適しているからやっているだけです。なぜ適しているのかといえば、情報格差がまだまだ大きく、ダイレクトに売上に影響しやすい領域だからです。AIの業界は同じようなことが起きていますね。
そこに、技術や文化へのリスペクトが見られることは少なく、哲学もありません。これはスタートアップや中小企業に多い傾向です。
利益の追求が悪いとは全く思いませんし、むしろやり方によっては良いことだと思います。しかし、事業、もといあらゆる活動というのは、自身の生き方や願い、思想を反映するものです。哲学のないそのような自己満足のために、他人の願いを踏み躙っていることを自覚する必要があります。
組織規模が大きくなってくると、経営者は守りに入ることも多くなります。多くの事業や従業員を抱え、攻めた意思決定がしづらくなるのは当然です。そのため、担当者レベルの意識がとても重要になってきます。
新規事業開発にせよ、既存プロダクトの拡張にせよ、彼らは自社のプロダクトやアセットを最大化することがミッションの一つです。しかし現場でよく見聞きする光景は、自分の頭で良し悪しを判断できず、互いの顔色伺いに終始する。本当に不毛です。
大きな資本で、多くのクライアントを抱え、様々なリソースやアセットを持つ者にしかできないことが本当はたくさんあるのにもかかわらず、それを信じ、考え、行動できている人間が実に少ないと感じます。
スタートアップはそれが真に自分たちのやりたいことなのか、事業として表現することの正しさを自分で思考・理解することなく突き進む。多くのユーザや資本を抱え、真に世界を変えうるエンタープライズはスタートアップの食い物にされても特に何も感じることができない。これが、今のこの日本のこの業界で起きていることです。そして、これでうまくいっている例というのはほとんどありません。
この2つがわかりやすいですが、これ以外の組織もたくさんあります。ただ、それでも哲学の欠如により機能不全に陥っているところがほとんどです。
これをどうにかするための方法は実にシンプルで、「学ぶこと」「考え続けること」だけです。これ以外には何もありません。
常に情報が溢れ続ける現代において、正しい情報をキャッチアップし続けることは難しいでしょう。 ノイズが多い社会において、自分や周りと向き合い、考え続けることは難しいでしょう。 しかし、これしかないのです。これだけが、自身に正しい情報をもたらし、考える力を養い、願いを実現する実行力を得るための唯一の方法なのです。
目の前に提示されるわかりやすい情報や機会のみ摂取して、真の意味で自分で意思決定できないような状況の先に待っているのは、時間と金だけが不毛に溶けていき、結果そこには何も残らない、そんな未来だけです。
我々が作りたいのはそんな未来ではないはずですし、そう思えない人間は単なる要素技術として使うべきで、”Web3をやる” などと言うべきではありません。
※とはいえ売上が〜という意見はわかりますが、巨人の肩に乗っている自覚がなく、情報格差だけで大きく稼ぐのはダサいです。もっといいやり方がたくさんあります。
これはコンシューマー寄りの視点ですが、重要なポイントです。 今のこの業界はいわゆる「内輪ノリ」扱いされています。海外はどうかわかりませんが、日本ではみんながやっていればやる、の風潮が強いですが、それが自分から大きく外れていると、途端に内輪ノリ扱いに変わり遠ざけます。一度内輪ノリ扱いになったものからの回復は相当難しく、あまりうまくいきません。
これを読んでいる人も心当たりがあるのではないでしょうか。あらゆる業界やシーンでこのようなことは発生します。暗号通貨で投資をしている人、NFTで盛り上がっている人、ブロックチェーンゲームやアニメで盛り上がっている人。これらは全て内輪ノリの域を脱せていません。
では、どうしてこうなってしまうのでしょうか。これには圧倒的な出口不足と、必要性に迫られていないこと、そして真に人々が求めることを提供できていないこと、にあると思います。
出口不足についてはシンプルです。暗号通貨を通貨として使える場所がないと、自然と投機的な資産的な、そのような方向に目が行きます。人々は暮らしをやっているので、直接それに関係しないことに関しては関心が薄くなります。ただこの裏には、決済に対応しようとしても、税務的な複雑さやブロックチェーンの難しさに起因する、暗号通貨を保有できない会社がほとんどであるという問題があります。
2つ目は必要性に迫られていないこと。これは日本が平和で、何も考えていなくてもとりあえず生活することができてしまうことに起因しています。それ自体はとても良いことです。常に死と隣り合わせで、自分で考えて生きていくことだけが自分を守る方法であるような環境では、他者に生殺与奪の権を握らせるのは自殺行為なので、Web3と相性がいいです。しかし、今の日本はそうではありません。
そして、真に人々が求めることを提供できていないこと。これは必要性の話に近いですが、何度も言う通り彼らは普通に日常を生きているのです。そこで発生する課題や問題はあれど、それを直接解決できる様なプロダクトは少ないです。基本的には我田引水のポジション取り合戦、しかも結果コンシューマーに示されるのは、彼らの暮らしにはあまり即さない、新しく作られ演出された価値ばかりです。これでは、新しいもの好きが少数入ってきて、そこでまた内輪ノリが形成されるだけです。
これらの課題が今の日本には蔓延っています。そして “Web3”をやるといいながら見かけ上の価値しか作れない企業やプロダクトによって、内輪ノリ化が加速してしまっています。
これらを解決するためには、彼らの暮らしに伴った形で導入できるように工夫すること、彼らの声を聞くこと、彼らの暮らしを見ることが何より重要です。また、新しくプロダクトを作る際に、ブロックチェーンの利用が自然な形で選択肢に入るように働きかけるべきです。そして、トークンやNFTプロジェクトの宣伝に終始するのではなく、単に面白く、ストーリーから思想や機能が学べる様な、エンタメコンテンツの存在も価値があると思います。子供の頃に触れたエンタメから、自身の考え方の基礎を構築している人は多いので。
日本は、世界的に見てもかなり特殊な国だとされていますし、その自覚もあります。
それでも開発者やクリエイターなどのコントリビューターを巻き込む時に、グローバルでのやり方と同じ様に、とりあえずGrantを撒きがちです。確かにそれで一時的なKPIは達成されるかもしれませんが、その後には何も残りません。
特にクリエイターに関しては、そういうことをした瞬間に離れていくので、完全に逆効果です。 本当に日本をオンボーディングしたいと思うなら、日本人の声を聞き、カルチャーを知り、行動原理を理解することが必要です。
日本人はインセンティブ構造がとても特殊です。だからこそ搾取構造が発生しやすかったり、他力本願になったりもするのですが、それでもここまで発展してきた実績があります。日本にはその特殊さゆえに成立している素晴らしい文化があり、これはこれで経済価値を生み出しています。
ここまで書くと日本はとても面倒なマーケットに思えるかもしれません。しかし、オンボーディングできた際の爆発力はどの国にも劣らないと考えます。国民の総意の方向がなんとなく定まったら、そこに向かって動くのはとても早い国だからです。これは政治だけに限らず、国民一人一人の意識としてもそういった傾向が強くあります。「みんながやっていることは私もやるし、なんなら私はもっと遊び心を付与できる」というクリエイティビティのループが、いまの日本文化の一端を作っているのではないかと考えます。
特に、国内のこの業界におけるアーティスト・クリエイターの扱いはとても雑に感じます。彼らの存在が魅力的だと思うなら、安易に日本を「クリエイティブの国」と呼ばないでください。彼らの存在が必要なら、彼らの活動に目を向けてください。IPが強いからIPと何かやろう、とか気軽に言わないでください。そこには彼らの信念や哲学が宿っており、それを(意図していなくても)蔑ろにする姿勢が彼らを遠ざけるのです。
私はこの2年間で実に多くのことを感じました。それはポジティブなこともネガティブなこともたくさんありました。ただそのすべてがかけがえのない宝物であり、私を形作る大きな要素になっています。
今後は、渋谷のスペースよりもクローズドな家と、より分散システムの思想を広めるための活動を行なっていきます。
家の方は、哲学や信念のある エンジニアやアーティスト、学生と共に住み、彼らと共によりよい未来のために行動していきます。それは研究かもしれないし、プロダクト開発かもしれないし、どうなるのかはわかりません。そこに住むことになる人の色と、それを洗練させられる環境によって、どんな化学反応でも起きる様な気がしています。また、そこは哲学を持ってこの業界に取り組む人のsafe house的な扱いにできたらなと思っています。すべての手を動かす人が安全に、そして建設的な議論がスムーズに進められる様な場所でありたいです。
分散システムの思想を広める、というのは家に比べてもっともっと広い活動です。 あらゆる地域、業界、年齢を対象に、様々な活動を行っていく予定です。 すべての人が、その哲学を理解し、自立して日々を生きていける様に、様々な形で取り組む予定です。
私が大好きなこの技術群は、単にID基盤やデータベースの様な要素技術としても、自己主権的な生き方を実現するツールとしても、とても優れた仕組みです。
ここに書いてきたことを胸に、引き続き一緒に未来を作っていきたいと思います。
改めて、2年間Centrumを愛してくださった皆様、遊びに来てくださった皆様、ありがとうございました。そして、まだ来たことなかった方、この記事で初めて知った方、これからを楽しみにしていてください。
この世界は常に開かれていて、常にそこにあります。 何をするのも自由です。
あなたはこの技術を何に使いますか? 生活のためですか?ビジネスですか?金融ですか?地方創生ですか?医療ですか?食ですか?エンタメですか? 何でも良いでしょう。
みなさんのクリエイティビティによって、この世界が良くなっていくことが楽しみです。
ただ、これだけは忘れないでください。我々人類は実に様々な発明をし、著しい発展を遂げていますが、どこまでいったとしても、技術は人のために存在するということを。
私はSeiyaといいます。MonoBundleという会社の代表兼CTOをやっています。
そして、これから話す、Centrumという場所の統括をしています。
我々は、東京の渋谷の中心で、Centrumというスペースを運営しています。
そこは、p2pやブロックチェーン、Web3に取り組むすべての人のための、ハブ的な、ラボ的な、そんな存在でした。毎日色々な話をしたり、プロダクトを作ったり、イベントを開催したりしていて、海外からも様々な著名人やプロジェクトが遊びにきてくれたりしていました。ここから生まれた協業やプロダクトもたくさんありますね。技術やビジネスだけではなく、文化や歴史についての会話もたくさんしてきたことを覚えています。
間違いなくここは、日本のp2pやブロックチェーン、そしてWeb3の中心地であると言えるでしょう。
そんなCentrumは、2025年7月末を持って終了することになりました。プレスリリース
みなさま、これまで愛してくれて本当にありがとうございました。
Centrumのあの場所やチームは、みなさまの力になれていたでしょうか?
みなさまにとって居心地の良い場所でしたでしょうか?
もしそうなっていたら、心底嬉しいです。
あのスペースは終わりますが、Centrumの旅は決して終わりではありません。
ただ一つ区切りとして、私の視点からみたCentrumの歴史についてや、この業界への気持ち、過去と未来のことについて書いておこうと思います。
Centrumは、2023年08月25日から約2年弱ほど、ブロックチェーンやWeb3関連業界のアジアのハブとして、日本の中心地として運営されてきました。場所も渋谷という自由かつ文化的な街で、思想や権利の意識から生まれたこの業界と、とても相性が良かったです。
そもそもこの業界は、企業の大小に関わらず参入可能で、そして最初から相手はグローバルです。そのようなところで我々がやるべきことは、業界間や業種間、あらゆる壁を取り除いて情報格差をなくし、人と人、会社と会社とを価値ある形で繋ぐことでした。
日本はまだまだ世界から遅れをとっており、世間の風当たりも強いですから、このCentrumのような、本質的な情報が集まり筋の良いつながりを作れる場所は、とても貴重で、とても重要でした。
最初の1年は起きること全てが驚きの連続で、運営を成立させることに必死でした。
物理スペースを運用することはもちろん考えることが多く大変ですが、ブロックチェーンプロジェクトやその周辺の人物の多様性を思い知らされることもしばしばありました(笑)
それでも、多くの人がCentrumを知ってくれたり、遊びに来てくれたり、イベントを主催してくれたりして、「Centrumが好きだ」という言葉をもらうたびに報われていました。
海外カンファレンスに行った際、Centrumのことを知っている人に会ったとき、しかもそれが複数人いたときは驚きました。ここまでCentrumを知っている人が増えて、良いと思ってくれているんだなと。 そして全員「最高だった」「日本に行くときは絶対に寄る」と口を揃えて言っていました。彼らの紹介で利用してくれたり、遊びに来てくれたりした人も多くいます。
1年と少しが経つと、運営にもある程度慣れてきて、色々考えるようになりました。
日本のこの業界に本当に重要なことや、今足りていないこと、我々に何ができて、何がしたいのかなど。 1年間このCentrumを運営した経験から、そして何より利用してくださっているみなさまの声から、当時から今に至るまで、常に我々の在り方を考えさせられてきました。
今の我々は胸を張ってこう言うことができます。p2pやブロックチェーン、Web3に至るまでの歴史や文化を重要視し、それを継ぎ未来を作っていこうとする人々、つまり意志を持って手を動かすすべての人の味方である、と。そして、この技術や文化に少しでも関心を持つような、普段の生活や社会に違和感を感じているようなすべての人の味方である、と。
もちろん、ハブとして人と人とを繋ぐのも重要です。しかしそれ以上に、先人たちに多大なリスペクトを持ち、自身の願いを実現せんと手を動かし、そして何よりこの文化や技術が好きな人たちと共に未来を作っていくべきだと考えます。そして、まだ本格的に踏み込んでいない人や、まだこの技術や文化を正しく理解できていない人でも、彼らの問題意識やクリエイティビティが適切に発揮できることで、世界がもっと良くなることを願わずにはいられないのです。
私はとにかくコンピュータ科学が大好きで、毎日毎日1日中コンピュータと向かい合ってきた人生でした。コンピュータがどのように構成され、どうやって動作し、何が実現できるのか、これらに対する興味が尽きることはありませんでした。他の科学的分野とは少し違った、先人たちの工夫や発想が織りなす人文的な側面にも、とても惹かれていました。知的好奇心に勝てず明かした夜は、とても数えきれません。
振り返ると、コンピュータの哲学や歴史は、私の人生に本当に大きな影響を与えてくれていました。考え方や物事の捉え方が完全にそれをベースにしたものになっていますし、p2pやCypherpunk思想と出会えたのもその一つです。
2018-19年くらいの時期、複数のマシンが強調して動く分散システムに面白さを感じ、深掘っていた時に出会ったそれは、その根底に息づく文化と哲学というあまりに大きすぎる示唆を与えてくれました。まるで今まで私がやってきたコンピュータ科学は、すべてこれをやるためだったのだと感じざるを得ない程の衝撃でした。そこから深く調べたり手を動かしたりするうちに、その衝撃はより洗練された確信へ、自分の哲学へ腹落ちしていきました。この一連の体験が今の私を作っており、今もなお変容し続けています。
そして、それと同じくらい、人と話したり一緒に何かをしたり、それをサポートすることが好きでした。 それぞれの得意なことを知り、バックグラウンドを理解し、共に立ち向かえる課題に向きあうこと。それは私にとっては、相手の考えや哲学、文化に触れ、自分の中にあるそれをより納得のいく形に洗練させていく行為でもあり、同時に自分が相手に提供できるものを模索するような行為でした。それに合わせて、身の回りの人間が向き合っていることがうまくいくように(これは僕のエゴかもしれないですが)、直接的・間接的な支援をすることもまた、私の喜びの一つです。
そんな私がCentrumの統括を務めることになったのは、Centrumがローンチして少し経った、2023年12月ごろでした。この時期から、今までコンピュータばかりやってきた私が、実に多くの人々と会話するようになりました。スタートアップからエンタープライズまで、伝統的な産業から先端技術まで、個人開発者からチェーン・財団まで、本当に様々な視点を持った方々との対話を経て、色々と学びを得ることができました。
そこで私が目の当たりにするのは、彼らが取り組む素晴らしい取り組みが多々ある一方で、深刻な問題も同時に潜んでいる現状でした。そして、なぜ今この分野で日本社会は遅れているのか、国民の認識がついてこないのか、私なりの考えがある程度浮かび上がってきました。
これは一言では言い表せないほど複雑で、そして難解です。しかし、この2年間の私の思索が、この日本や業界の未来に寄与できるものと信じて、ここに残しておこうと思います。 ちなみに、特定の企業のことを言っているわけでは決してなく、Centrumの視点から業界を見た際に感じることです。これは悲観でも攻撃でもありません。未来に向けた警鐘であり、自戒であり、希望です。
まず第一にこれが挙げられます。これだけでは抽象的ですが、同時に、これだけで全てを理解できるほど本質的でもあります。 哲学とは何か、これも難しいかもしれませんが、ここでは私は、「物事への思索を深めること、そしてそれを腹落ちさせること」と定義します。物事への思索を深めることで、新しい視点を獲得したり、仮説を立てられたり、また単に物事の理解が進んだりします。
では、ここでの「物事」とは何でしょうか。それは、社会構造かもしれません。それは、分散技術かもしれません。それは、人間の気持ちかもしれません。人によって異なるかもしれませんが、私はこれを「p2pやブロックチェーン技術、Web3がもたらす全て」だと捉えています。
日本には、この哲学を持っているプレイヤーが少ないと感じています。スタートアップやエンタープライズなど、企業規模や領域ごとにどうしても事情は異なるにしても、これは共通しています。
私から見ると、その様な企業は、売上を作る手段としてWeb3が今適しているからやっているだけです。なぜ適しているのかといえば、情報格差がまだまだ大きく、ダイレクトに売上に影響しやすい領域だからです。AIの業界は同じようなことが起きていますね。
そこに、技術や文化へのリスペクトが見られることは少なく、哲学もありません。これはスタートアップや中小企業に多い傾向です。
利益の追求が悪いとは全く思いませんし、むしろやり方によっては良いことだと思います。しかし、事業、もといあらゆる活動というのは、自身の生き方や願い、思想を反映するものです。哲学のないそのような自己満足のために、他人の願いを踏み躙っていることを自覚する必要があります。
組織規模が大きくなってくると、経営者は守りに入ることも多くなります。多くの事業や従業員を抱え、攻めた意思決定がしづらくなるのは当然です。そのため、担当者レベルの意識がとても重要になってきます。
新規事業開発にせよ、既存プロダクトの拡張にせよ、彼らは自社のプロダクトやアセットを最大化することがミッションの一つです。しかし現場でよく見聞きする光景は、自分の頭で良し悪しを判断できず、互いの顔色伺いに終始する。本当に不毛です。
大きな資本で、多くのクライアントを抱え、様々なリソースやアセットを持つ者にしかできないことが本当はたくさんあるのにもかかわらず、それを信じ、考え、行動できている人間が実に少ないと感じます。
スタートアップはそれが真に自分たちのやりたいことなのか、事業として表現することの正しさを自分で思考・理解することなく突き進む。多くのユーザや資本を抱え、真に世界を変えうるエンタープライズはスタートアップの食い物にされても特に何も感じることができない。これが、今のこの日本のこの業界で起きていることです。そして、これでうまくいっている例というのはほとんどありません。
この2つがわかりやすいですが、これ以外の組織もたくさんあります。ただ、それでも哲学の欠如により機能不全に陥っているところがほとんどです。
これをどうにかするための方法は実にシンプルで、「学ぶこと」「考え続けること」だけです。これ以外には何もありません。
常に情報が溢れ続ける現代において、正しい情報をキャッチアップし続けることは難しいでしょう。 ノイズが多い社会において、自分や周りと向き合い、考え続けることは難しいでしょう。 しかし、これしかないのです。これだけが、自身に正しい情報をもたらし、考える力を養い、願いを実現する実行力を得るための唯一の方法なのです。
目の前に提示されるわかりやすい情報や機会のみ摂取して、真の意味で自分で意思決定できないような状況の先に待っているのは、時間と金だけが不毛に溶けていき、結果そこには何も残らない、そんな未来だけです。
我々が作りたいのはそんな未来ではないはずですし、そう思えない人間は単なる要素技術として使うべきで、”Web3をやる” などと言うべきではありません。
※とはいえ売上が〜という意見はわかりますが、巨人の肩に乗っている自覚がなく、情報格差だけで大きく稼ぐのはダサいです。もっといいやり方がたくさんあります。
これはコンシューマー寄りの視点ですが、重要なポイントです。 今のこの業界はいわゆる「内輪ノリ」扱いされています。海外はどうかわかりませんが、日本ではみんながやっていればやる、の風潮が強いですが、それが自分から大きく外れていると、途端に内輪ノリ扱いに変わり遠ざけます。一度内輪ノリ扱いになったものからの回復は相当難しく、あまりうまくいきません。
これを読んでいる人も心当たりがあるのではないでしょうか。あらゆる業界やシーンでこのようなことは発生します。暗号通貨で投資をしている人、NFTで盛り上がっている人、ブロックチェーンゲームやアニメで盛り上がっている人。これらは全て内輪ノリの域を脱せていません。
では、どうしてこうなってしまうのでしょうか。これには圧倒的な出口不足と、必要性に迫られていないこと、そして真に人々が求めることを提供できていないこと、にあると思います。
出口不足についてはシンプルです。暗号通貨を通貨として使える場所がないと、自然と投機的な資産的な、そのような方向に目が行きます。人々は暮らしをやっているので、直接それに関係しないことに関しては関心が薄くなります。ただこの裏には、決済に対応しようとしても、税務的な複雑さやブロックチェーンの難しさに起因する、暗号通貨を保有できない会社がほとんどであるという問題があります。
2つ目は必要性に迫られていないこと。これは日本が平和で、何も考えていなくてもとりあえず生活することができてしまうことに起因しています。それ自体はとても良いことです。常に死と隣り合わせで、自分で考えて生きていくことだけが自分を守る方法であるような環境では、他者に生殺与奪の権を握らせるのは自殺行為なので、Web3と相性がいいです。しかし、今の日本はそうではありません。
そして、真に人々が求めることを提供できていないこと。これは必要性の話に近いですが、何度も言う通り彼らは普通に日常を生きているのです。そこで発生する課題や問題はあれど、それを直接解決できる様なプロダクトは少ないです。基本的には我田引水のポジション取り合戦、しかも結果コンシューマーに示されるのは、彼らの暮らしにはあまり即さない、新しく作られ演出された価値ばかりです。これでは、新しいもの好きが少数入ってきて、そこでまた内輪ノリが形成されるだけです。
これらの課題が今の日本には蔓延っています。そして “Web3”をやるといいながら見かけ上の価値しか作れない企業やプロダクトによって、内輪ノリ化が加速してしまっています。
これらを解決するためには、彼らの暮らしに伴った形で導入できるように工夫すること、彼らの声を聞くこと、彼らの暮らしを見ることが何より重要です。また、新しくプロダクトを作る際に、ブロックチェーンの利用が自然な形で選択肢に入るように働きかけるべきです。そして、トークンやNFTプロジェクトの宣伝に終始するのではなく、単に面白く、ストーリーから思想や機能が学べる様な、エンタメコンテンツの存在も価値があると思います。子供の頃に触れたエンタメから、自身の考え方の基礎を構築している人は多いので。
日本は、世界的に見てもかなり特殊な国だとされていますし、その自覚もあります。
それでも開発者やクリエイターなどのコントリビューターを巻き込む時に、グローバルでのやり方と同じ様に、とりあえずGrantを撒きがちです。確かにそれで一時的なKPIは達成されるかもしれませんが、その後には何も残りません。
特にクリエイターに関しては、そういうことをした瞬間に離れていくので、完全に逆効果です。 本当に日本をオンボーディングしたいと思うなら、日本人の声を聞き、カルチャーを知り、行動原理を理解することが必要です。
日本人はインセンティブ構造がとても特殊です。だからこそ搾取構造が発生しやすかったり、他力本願になったりもするのですが、それでもここまで発展してきた実績があります。日本にはその特殊さゆえに成立している素晴らしい文化があり、これはこれで経済価値を生み出しています。
ここまで書くと日本はとても面倒なマーケットに思えるかもしれません。しかし、オンボーディングできた際の爆発力はどの国にも劣らないと考えます。国民の総意の方向がなんとなく定まったら、そこに向かって動くのはとても早い国だからです。これは政治だけに限らず、国民一人一人の意識としてもそういった傾向が強くあります。「みんながやっていることは私もやるし、なんなら私はもっと遊び心を付与できる」というクリエイティビティのループが、いまの日本文化の一端を作っているのではないかと考えます。
特に、国内のこの業界におけるアーティスト・クリエイターの扱いはとても雑に感じます。彼らの存在が魅力的だと思うなら、安易に日本を「クリエイティブの国」と呼ばないでください。彼らの存在が必要なら、彼らの活動に目を向けてください。IPが強いからIPと何かやろう、とか気軽に言わないでください。そこには彼らの信念や哲学が宿っており、それを(意図していなくても)蔑ろにする姿勢が彼らを遠ざけるのです。
私はこの2年間で実に多くのことを感じました。それはポジティブなこともネガティブなこともたくさんありました。ただそのすべてがかけがえのない宝物であり、私を形作る大きな要素になっています。
今後は、渋谷のスペースよりもクローズドな家と、より分散システムの思想を広めるための活動を行なっていきます。
家の方は、哲学や信念のある エンジニアやアーティスト、学生と共に住み、彼らと共によりよい未来のために行動していきます。それは研究かもしれないし、プロダクト開発かもしれないし、どうなるのかはわかりません。そこに住むことになる人の色と、それを洗練させられる環境によって、どんな化学反応でも起きる様な気がしています。また、そこは哲学を持ってこの業界に取り組む人のsafe house的な扱いにできたらなと思っています。すべての手を動かす人が安全に、そして建設的な議論がスムーズに進められる様な場所でありたいです。
分散システムの思想を広める、というのは家に比べてもっともっと広い活動です。 あらゆる地域、業界、年齢を対象に、様々な活動を行っていく予定です。 すべての人が、その哲学を理解し、自立して日々を生きていける様に、様々な形で取り組む予定です。
私が大好きなこの技術群は、単にID基盤やデータベースの様な要素技術としても、自己主権的な生き方を実現するツールとしても、とても優れた仕組みです。
ここに書いてきたことを胸に、引き続き一緒に未来を作っていきたいと思います。
改めて、2年間Centrumを愛してくださった皆様、遊びに来てくださった皆様、ありがとうございました。そして、まだ来たことなかった方、この記事で初めて知った方、これからを楽しみにしていてください。
この世界は常に開かれていて、常にそこにあります。 何をするのも自由です。
あなたはこの技術を何に使いますか? 生活のためですか?ビジネスですか?金融ですか?地方創生ですか?医療ですか?食ですか?エンタメですか? 何でも良いでしょう。
みなさんのクリエイティビティによって、この世界が良くなっていくことが楽しみです。
ただ、これだけは忘れないでください。我々人類は実に様々な発明をし、著しい発展を遂げていますが、どこまでいったとしても、技術は人のために存在するということを。
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