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誰かが来なくなったことに気づく人

日々の接点という担い手

買い物のついでに、用事のついでに、 いつもの顔がそこにいる——その積み重ねのなかで、誰かがそっと気にかけられている。

体調の変化に最初に気づくのは、そんな接点のある身近な人なのかもしれません。

レジの向こうの、顔なじみ

スーパーのレジに、長く立っている人がいます。

毎日のように来る人。 かごの中身で、その人の暮らしがなんとなく分かります。 ひとり分の総菜。決まった銘柄のお茶。 「今日は寒いですね」の一言を、いつも交わす人。

その人が、しばらく来ない。 「最近、お見かけしないな」と、ふと思います。 名前も住所も知りません。それでも、来なくなったことには気づいています。

いつもの席、いつもの一杯

喫茶店のマスターにも、同じまなざしがあります。

毎朝、同じ席に座る人。 頼むものも、だいたい決まっています。 言葉は多くないけれど、その人がいる時間が、店の風景になっています。

ある日から、その席が空いたままになります。 マスターは騒ぎ立てません。 ただ、次に来たときに「久しぶりですね」と言えるように、覚えています。

季節の変わり目に、預けにくる

クリーニング店の人は、季節とともにやってくる客を知っています。

衣替えのころ、まとめてコートを預けにくる人。 受け取りにくる日の、少し疲れた様子。 そんな細かな変化に、自然と気づいています。

預かったものが、いつまでも取りに来られないとき。 何かあったのかもしれない、と心のどこかに引っかかります。

気づく人がいなくなっていく

こうした日々の接点は、いま静かに細くなっています。

スーパーのレジは、セルフレジに変わっていきます。 店は無人化し、注文は画面の上で完結します。 効率は上がります。その代わり、 「最近お見かけしないな」と思ってくれる人との接点も、少しずつ消えていきます。

And, もう一段深いところで起きていることがあります。 個人商店が減り、顔なじみの店主がいなくなる。 働く人は入れ替わり、誰かを長く覚えているという関係そのものが生まれにくくなっています。 接点が消えるだけではありません。 誰かが来なくなったことに気づく、その役割を担う人自体が、地域からだんだんいなくなっていきます。

誰にも気づかれないまま、来なくなる。 そういう人が増えていく社会に、私たちは向かっているのかもしれません。

だからこそ、まだ街に残っている担い手の気づきは、これまで以上に貴重になります。

その気づきを、どうつなぐか

レジ係も、マスターも、クリーニング店の人も、すでに担い手です。 資格があるからではなく、その人を覚えていて、変化に気づくからです。

問題は、その気づきが、次にどうつながるか。 「最近どうされたかな」が、心配のまま消えてしまうのか。 それとも、必要な支えに届く一本の線になるのか。

ここで動くのが、つなぎ手——リンクワーカーです。 そして、つなぎ手もまた、すでに地域にいます。 民生委員、地域包括支援センターの職員、町内の世話役、おせっかいな誰か。

かかりつけ家庭医の役割は、自分が一人でつなぎ、新しい連携役をゼロから作ることでもありません。 担い手の存在に気づき、すでにいるつなぎ手と信頼を結び、その力を生かすことだと思います。

担い手は、もう街にいます。 しかし、放っておけば、その数は静かに減っていきます。 気づく人が残っているうちに、その気づきを、どう支えにつないでいくか。問われているように思えます。


つなぎ手をめぐる問いは、こちらの記事で掘り下げています。

社会的処方を「誰がつなぐか」— 現場で動かすための実装ノート

この活動について → ケアと表現の研究室


※この記事はAI共創型コンテンツです。

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医師。2007年からブログ/Xで発信を続けています。2015年に「地域医療ジャーナル」を創刊し、2018年にオンラインコミュニティ「地域医療編集室」を設立。2022年からプラットフォーム「小さな医療」を運営し、エビデンスに基づく地域医療の実践と言葉を届けています。