2023年11月、進行性がん患者における痛みの治療法として、鍼とマッサージには痛みの軽減と生活の質向上に効果があるというランダム化比較試験が発表されました。従来の治療法との組み合わせて行われる、エビデンスに基づいた補完的実践である統合医療は、がんの痛みコントロールにも推奨されるようになってきています。
Summary In November 2023, a randomized controlled trial was published showing that acupuncture and massage are effective in reducing pain and improving quality of life as a treatment for pain in patients with advanced cancer. Integrative medicine, an evidence-based complementary practice performed in combination with conventional therapies, is increasingly recommended for cancer pain control.
2023年11月、進行がん患者に対する痛みの治療として、鍼とマッサージの効果を比較したランダム化比較試験(Epstein, 2023)が発表されました。
参加者: 進行がんを持つ中等度から重度の痛みを訴える患者(300人)
介入: 10週間にわたる週1回の鍼治療、その後26週までの月1回のブースターセッション(151人)
比較: 10週間にわたる週1回のマッサージ、その後26週までの月1回のブースターセッション(149人)
アウトカム: 基準から26週間の最悪の痛み強度スコアの変化
痛みのスケールとして「Brief Pain Inventory」(BPI) を使用。
BPIは0から10の範囲で、数値が高いほど痛みの強度が大きい。
研究デザイン: 米国のがん治療センターで行われた多施設実用的無作為化臨床試験
結果:
300人の対象者のうち、鍼治療群 150人、マッサージ群 148人の結果を分析。
26週間の最悪の痛み強度スコア(平均)は、鍼治療 −2.53点(95% CI, −2.92 から −2.15)、マッサージ −3.01点(95% CI, −3.38 から −2.63)軽減させた。群間での有意差はなかった(−0.48; 95% CI, −0.98 から 0.03; P = .07)。
疲労、不眠、生活の質も両治療で改善したが、群間での有意差はなかった。
副作用は軽度で、鍼治療でのあざ(6.5%)、マッサージでの一時的な痛み(15.1%)。
Figure by AMA, used under CC BY 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/
進行がん患者における痛みの治療法として、鍼とマッサージの両方が痛みの軽減と生活の質向上に効果がありましたが、両者に有意差はありませんでした。
進行がんに対する鍼・マッサージのエビデンス
進行がんに対する鍼治療では痛みスケール 平均 -2.53点の改善がみられた
進行がんに対するマッサージでは痛みスケール 平均 -3.01点の改善がみられた
両群間での有意差はみられなかった
疲労、不眠、生活の質も両治療で改善がみられた
この研究は小規模ではありますが、米国のがん治療センターで実施されたランダム化比較試験です。このような非薬物療法の研究が行われるようになってきた背景には、「オピオイド危機」があります。
オピオイド危機とは、オピオイド系鎮痛薬の過剰処方・乱用、そしてそれに伴う中毒や死亡の増加が、特にアメリカ合衆国で深刻な公衆衛生問題となっている現象です。
1990年代から2000年代にかけて、痛みの治療のためにオピオイド薬が広く処方された結果、多くの患者がこれらの薬物に依存し、中毒に至るケースが増加しました。この危機は、処方オピオイドの乱用だけでなく、違法なオピオイド(例えばヘロインやフェンタニルなど)の使用の増加にもつながっています。
がんの痛み管理は従来、薬物療法に依存してきました。しかし、オピオイド危機により、医療従事者はオピオイドの処方を躊躇するようになり、がん患者は正当な痛み薬の使用が制限されています。
また、多くの患者がオピオイドなどの薬物の副作用を懸念しており、非薬物療法への関心が高まっているのです。
統合医療とは、従来の治療法との組み合わせて行われる、エビデンスに基づいた補完的実践と定義されています。補完的実践には、鍼治療・マッサージ・瞑想・ヨガなどの介入が含まれ、がんセンターでも症状や痛みのコントロールに推奨されるようになってきています。
2022年、Society for Integrative Oncology(SIO, 米国統合腫瘍学会)とAmerican Society for Clinical Oncology(ASCO, 米国臨床腫瘍学会)は統合医療の安全で効果的な実践の指針を示すため、共同で統合医療に関するガイドライン(SIO-ASCO, 2022)を発表しました。
ガイドラインでは、がん患者の痛みに対する統合医療の有効性に関するエビデンスを系統的に評価し、指針として臨床医に提供することが目的となっています。
がんの痛みに対する鍼治療の効果について、ガイドラインではどのように書かれているでしょうか。
鍼治療に関する推奨事項をまとめてみました。
推奨1.1.
乳癌におけるアロマターゼ阻害剤関連関節痛を経験している患者に鍼治療を提供すべきである。
(エビデンスに基づく、有益性が有害性を上回る)(エビデンスの質:中程度、推奨度:中程度)推奨1.3.
鍼治療は、がんによる一般的な疼痛または筋骨格系の疼痛を経験している患者に提供してもよい。
(エビデンスに基づく、有益性が有害性を上回る)(エビデンスの質:中程度、推奨度:中程度)推奨1.8.
がん治療による化学療法による末梢神経障害を経験している患者に鍼治療を提供してもよい。
(エビデンスに基づく非公式なコンセンサス、有益性が有害性を上回る)(エビデンスの質:低、推奨度:弱)推奨1.11.
がん手術または骨髄生検などのがん関連手技を受ける患者に、鍼治療または指圧を提供してもよい
(エビデンスに基づく非公式なコンセンサス、有益性が有害性を上回る)(エビデンスの質:低、推奨度:弱)
アロマターゼ阻害剤関連関節痛のある乳がん患者には有益のようです。また、がんによる一般的な疼痛または筋骨格系の疼痛に対しても有益というエビデンスがあるようです。
この部分を確認しておきましょう。
がん患者における一般的ながん性疼痛または一般的な筋骨格系疼痛に対する鍼治療の効果を調査しているのは8件のランダム化比較試験あり、そのうちサンプルサイズの大きいランダム化比較試験(Mao, 2021)は1件のみ。
360人の患者が2:1:1の割合で、電気鍼(EA)、耳介鍼(AA)、通常ケアに割り付けられています。
治療終了時に通常ケアに比べて、EAは0-10のNRSで1.9点、AAは1.6点痛みを軽減しました。盲検化された偽鍼などの対照群はありませんでしたが、サンプルサイズが大きく、効果も大きかったことから、ガイドラインでは鍼治療を使用することを考慮してもよいと判断しています。
小規模の研究はあるようですが、がんの痛みに対する統合医療の効果の検証はまだこれから、といったところでしょう。
続報に期待したいところです。
がんの痛みに対する統合医療のエビデンス
2022年、統合医療の安全で効果的な実践の指針を示すため、米国統合腫瘍学会と米国臨床腫瘍学会は共同で統合医療に関するガイドラインを発表
乳癌におけるアロマターゼ阻害剤関連関節痛には鍼治療を提供すべきである
がんによる一般的な疼痛または筋骨格系の疼痛に対して鍼治療を提供してもよい
がんの痛みに対する統合医療の効果の検証はまだまだこれから
Epstein AS, Liou KT, Romero SAD, Baser RE, Wong G, Xiao H, Mo Z, Walker D, MacLeod J, Li Q, Barton-Burke M, Deng GE, Panageas KS, Farrar JT, Mao JJ. Acupuncture vs Massage for Pain in Patients Living With Advanced Cancer: The IMPACT Randomized Clinical Trial. JAMA Netw Open. 2023 Nov 1;6(11):e2342482. doi: 10.1001/jamanetworkopen.2023.42482. PMID: 37962891; PMCID: PMC10646731.
Mao JJ, Ismaila N, Bao T, Barton D, Ben-Arye E, Garland EL, Greenlee H, Leblanc T, Lee RT, Lopez AM, Loprinzi C, Lyman GH, MacLeod J, Master VA, Ramchandran K, Wagner LI, Walker EM, Bruner DW, Witt CM, Bruera E. Integrative Medicine for Pain Management in Oncology: Society for Integrative Oncology-ASCO Guideline. J Clin Oncol. 2022 Dec 1;40(34):3998-4024. doi: 10.1200/JCO.22.01357. Epub 2022 Sep 19. PMID: 36122322.
Mao JJ, Liou KT, Baser RE, Bao T, Panageas KS, Romero SAD, Li QS, Gallagher RM, Kantoff PW. Effectiveness of Electroacupuncture or Auricular Acupuncture vs Usual Care for Chronic Musculoskeletal Pain Among Cancer Survivors: The PEACE Randomized Clinical Trial. JAMA Oncol. 2021 May 1;7(5):720-727. doi: 10.1001/jamaoncol.2021.0310. PMID: 33734288; PMCID: PMC7974834.
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■ 編集長
byc (bycomet) Editor, Director & Physician
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地域医療に携わる医師・編集長として、エビデンスに基づく医療の実践と情報発信をつづけています。
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冒頭で紹介した、進行がん患者に対する鍼とマッサージのランダム化比較試験(Epstein, 2023)は、JAMA誌に掲載されたことに驚きました。
プラセボなどの対照群が設定されておらず少し残念でしたが、進行がんに対しても鍼治療が有益かもしれないということを示唆する、心強い研究でした。
がんの痛み治療はオピオイドに頼りがちになっていますが、米国のたどった軌跡から学びながら、早くから統合医療を積極的に取り入れていきたい、と再認識したところです。
それにしても、統合医療のガイドラインの存在を今回初めて知ったのですが、国内ではあまり知られていないようですね。
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Dr. bycomet