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インドをバックバックしていて最初に覚えるヒンズー語は、数多の売り子を掻き分けるために使う「ナヒン!(ノー。いらないよ)」だが、それ以外も、「エーク、ドー、ティーン(1、2、3)」「ティケ(OK)」など簡単なヒンドゥー語も身につくようになる。日常的な言葉では「明日」と「昨日」と2つの意味をもつ「kal」という単語を不思議がりながら使ったりしていた。時間を前後ではなく、現在からの距離の遠さによって表現するという円環的時間感覚の表れなのだろう。時間感覚が言語に投影されているとすれば、ヒンズー語に「劫(カルパ)」(1劫=43億2,000万年)という時間単位が存在することにはただただ驚愕する。こうした時間感覚は、人の一生のような時間軸をもとに考えていては到底生まれ得ないはすだ。

しばらく前に「1万年時計」の存在を知ったときも似たような感覚を覚えた。これは、音楽家のブライアン・イーノやアマゾン創業者のジェフ・ベゾスが進める1万年動き続ける巨大な時計をつくるプロジェクトだ。1年に1回針が進み、1万年後まで時を刻み続ける。1年、100年、そして1千年経つごとにイーノが作曲したメロディが奏でられる。イーノはそれ以外にも「ロング・ナウ」という人々の時間感覚を大きく拡張させるプロジェクトを進める財団の会員であることも最近知った。

劫という時間単位に驚かされ、1万年時計に感銘を受けるのは、常に「早く!」と急かされるわたしたちの時間感覚へのアンチテーゼになっているからだろう。いまや、数年おきに繰り返される選挙から上場企業の四半期報告書、Slackまで、政治、ビジネス、仕事など、生活や文化のあらゆるレイヤーで短期思考が求められている。こうした短期思考や「短い人生の間に何かを成し遂げるべき」のような個人主義に根ざした価値観が問題なのは、個々人のウェルビーイングに対する悪影響だけでなく、広い目で見れば地球環境を収奪し、未来に対する課題の転嫁につながることだ。早く届けるため、すぐにつくるため、速く移動するため、などの高速化・短期化の裏で、多毛作化するために“改良”させられた農地はやせ細り、物流のために削られた森林が生態系に不可逆的な変化をもたらし、南極の気温は40℃に迫ろうとしている。

ここ最近大切に読んでいた『グッド・アンセスター わたしたち「よき祖先」になれるか』は、こうした問題を回避し、長期思考を社会に根付かせることの重要性が多様な観点から説かれている。カナダのとあるネイティブ・アメリカンのチーフは、「我々は未来を見据えている。首長に与えられた第一の使命の一つは、我々が下すすべての決定が、来るべき7世代の幸福とウェルビーイングにつながっているか、確認することだ」と語る。この7世代先を考えて意思決定し行動せよというのは、グレタ・トゥーンベリの「わたしたちの世代にツケを回すな」というメッセージと同義でもあるが、この首長のメッセージは彼女のそれよりもずしんと肚に響く。感情に訴えかけ、羞恥心のようなものを呼び起こすトゥーンベリのメッセージとは異なり、長い尺で将来を想像する際に必要とされる知性と、絶対に会うこともなく、それが故に決して感謝されたり承認されることのない未来の人々のために行動するという、高いレベルの利他性が求められるように感じるからかもしれない。

ほかにも、この本では経済学、心理学など社会科学の多様な分野を横断しながら、行き過ぎた短期思考に立ち向かうためのさまざまな取り組みが紹介されている。たとえば、スウェーデン、チュニジア、アラブ首長国連邦などの世界各国で、「未来省」や「未来局」のような未来視点で政策を評価する組織を設置する政府レベルの取り組みも始まっている。また前述のロング・ナウ財団の、西暦を4桁ではく5桁(たとえばいまは2021年ではなく02021年)で表記するというアイデアもシンプルながらおもしろい。

この本で示唆されているなかでとくに印象深いのは、現代に生きるわたしたち全員の思考OSを変えるような取り組みが可能だということだ。それはわたしたちの共同体感覚を大きく拡張し、未来人も同胞と思えるように共同体感覚をハックすることだ。たとえば、わたしたちが「日本」や「日本人」といった国家観を身につけたのも近代になってからだ。近代の人々は、印刷技術の発達による情報伝播、経済の発達、また、教育、儀式、国家、国旗などといったものを通じ、ベネディクト・アンダーソンが「想像の共同体」と呼ぶ国家感やナショナリズムを構築していった。以来、わたしたちは決して会うことのない日本の片田舎の人とも共同体感覚を得ることができる。こうしたことが可能であるならば、共同体感覚を未来方向に伸長し、未来の人々に同胞意識をもつことも可能になるかもしれない。

Lobsterrは世界のさまざまな小さなストーリーを紹介することを通じて、地球の裏側にいる人に共感を促すという役割を担うこともできるメディアだと思う。これからは、そうした空間軸と同様に、時間軸にも想像力を拡げるようなコンテンツも書いていきたい。──Y.S