“The elementary mathematics of compound interest is one of the most important models there is on earth.” -- Charlie Munger
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East Venturesの村上です。今回は価格.com本です。
簡易な紹介をすると、
カカクコム創業者の槇野氏は、パソコン用の増設メモリを扱う「メルコ」で営業として働き店頭で価格調査をしていたが、「人付き合いの営業」が性に合わず、「放っておいても売れるような商品を作りたい」と思い起業。
はじめは前職の経験を活かし、価格調査を引き受けてメルコはじめ色々なメーカーに売ろうということでスタートした。
素晴らしい選択だったのは、「これからはインターネットの時代だ」と思い、実店舗とネット上で価格調査をし、サイトに掲載したこと。
これが後の価格.comになり、穐田氏からの投資、経営交代をしながら高い収益性を誇り、東証一部上場まで駆け抜けていく本。
槇野氏はユーザーが良いと思うプロダクトを提供するセンスが天才的で、穐田氏はその哲学を引き継ぎつつビジネスとして、社会の公器として会社を成長させていく。
以下、興味深いところメモ
朝から明け方まで一日中ネットサーフィンして、パソコンとパーツの価格を調べて回った。「とにかく見てくれる人を増やすこと」そう決めた槇野は単なる代表的な価格ではなく、安値情報を掲載することに執念を燃やした。営業マン時代、人がいかに「最安値」に惹かれるかを痛感していたからだ。
初期は掲載するお店も広告を払わなくても掲載していた上、法律に則った形式である限り安ければどんな怪しいお店でも極力掲載する程強いこだわりがあった。
槇野は「最安値が必ずあることがサイトの生命線」という考えを変えなかった。「そうしないとユーザーがネットでもっと安い店の値段を見つけたときに、『なんだ。一番安いのが載ってないじゃないか』って思うじゃないですか。そうしたら日本一安い価格を知ることが出来るサイトという信頼が揺らいでしまいますから」
槇野はサイトの内容を決めるとき、「パソコン購入層のピラミッドの頂点」を重視していた。「今は違いますが、当時はパソコンを買うときは、くわしい人に買う前に相談することが多かった。友達の中にたいてい一人ぐらい、めちゃくちゃパソコンにくわしいやつがいて、そういう人が仲間うちで教祖になっていたんです」槇野は「教祖たちを満足させるサイトを作ろう」と考えた。コミュニティの中のパソコン教祖たちに一目置かれるようになれば、彼らが弟子にサイトの宣伝をしてくれる。
ICP社長として投資先を探す中で、価格.comに注目した理由は、一つには自分が温めていたアイデアに近い、消費者側に立った代理サービスと判断したからだった。
(中略)仮想モールは販売代理機能を売り手側に提供しています。クライアントは出店店舗であり、各店がいかに多く売れる仕組みを作るかという視点でサービスを提供しています。しかし価格.comは一目瞭然の大っぴらな価格比較で店舗同士の価格競争を促したり、製品批判を含む掲示板運営を行っています。いかに消費者にとって便利かを最重要視しています」
初めて槇野と話した穐田が即決で出資を決めたのは、槇野が誰よりも消費者の目線でサイト運営しようとしていたことが大きかった。
資本金10億円で参入してきた外資の競合「ディールタイム」に対抗するための軍資金として穐田氏率いるICPから1億円資金調達したが、ディールタイムは撤退した。
(ディールタイムは)お金を使いすぎたんですね。僕のサイトはほんとチープです。つい最近コピー機を買ったような会社ですから。お金を使ってないんです。広告宣伝費もいっさい使ってないし。でも**我々のユーザーはクチコミで来た真のユーザーだったんですよ。だから僕らの方がアクセスもあったし広告もついた。**資本金300万円が資本金10億円に勝った!
ICPからの出資金は結局、使われずに終わった。このとき穐田がカカクコムのために用意した一億円は、槇野が引退し穐田が社長を引き継いだときになっても、一円も引き出されないまま定期預金口座に置かれていたという。自分でも言う通り槇野は、お金を使わない経営者だった。
プロダクトの設計にもその姿勢は現れている。余計な機能を削ぎ落とし、システム負担を軽くして無駄なお金は使わないようにしていた。
「当時も顧客データベースを持ち、囲い込むのが常識といった意見が多くありましたが、利用者目線で考えると、余計な機能や作業は無い方が便利です。機能を絞ることでシステム負担を軽くしていました。」
「他のサイトは登録させることで顧客の囲い込みを狙っていましたが、**我々はその真逆を行きました。そこにお金と労力を使うという発想は、二人とも全くありませんでした。**便利であれば必ず再び使っていただける確信がありましたから」
槇野にとって価格.comの優位性といえば、「どこよりも安い価格があること」に尽きた。だから「激安の現金問屋が参加してくれていること」こそがサイトの生命線だと考えていた。「僕がカカクコムを経営していた頃、ヤフーはあらゆる面でネット界最強の巨人だった。ヤフーもショッピングモールを作ったけど、まるで『うちはネットの高級デパートよ』って感じで、大型店しか入れなかったんです。価格.comと比べると、同じ商品でも値段の差は歴然だった。リアル店舗と違って、ネットショッピングの世界では価格競争力がないことは致命的なんです。ヤフーの戦略ミスのおかげで価格.comは生き延びられたんです」
「採用に関しては、声を掛けることもしましたが、大前提は価格.comが好きな人です」と穐田は話す。「だいたい、ぼくは面接で落としたことがないんですよ。価格.comが好きで、そこで働きたいという時点で資格はクリアしていると思うので」
だが彼らに入社した理由を尋ねると、サイトの魅力はもちろん、社長であった穐田の人間的な魅力を挙げる者が目立つ。「彼のもとでなら、自分のやりたいことをさせてもらえると思った」「すごく話しやすかったし、会社の自由な雰囲気を感じ取れた」
部下たちは穐田を、「仕事に関しては『やってみれば』と全部任せてしまう。仕事で人を叱ることはほとんどない。逆に仕事に関して穐田に叱られたら、それはかなりやばいということ」と評していた。穐田自身は、「槇野さんと違って、ぼくは一人で何もかも見ることはできません。それに一人が二十四時間でできる仕事の量は限界があります。会社の規模が拡大すると、クオリティが少々下がっても人に任さざるを得ませんでいた。」
East Venturesの村上です。今回は価格.com本です。
簡易な紹介をすると、
カカクコム創業者の槇野氏は、パソコン用の増設メモリを扱う「メルコ」で営業として働き店頭で価格調査をしていたが、「人付き合いの営業」が性に合わず、「放っておいても売れるような商品を作りたい」と思い起業。
はじめは前職の経験を活かし、価格調査を引き受けてメルコはじめ色々なメーカーに売ろうということでスタートした。
素晴らしい選択だったのは、「これからはインターネットの時代だ」と思い、実店舗とネット上で価格調査をし、サイトに掲載したこと。
これが後の価格.comになり、穐田氏からの投資、経営交代をしながら高い収益性を誇り、東証一部上場まで駆け抜けていく本。
槇野氏はユーザーが良いと思うプロダクトを提供するセンスが天才的で、穐田氏はその哲学を引き継ぎつつビジネスとして、社会の公器として会社を成長させていく。
以下、興味深いところメモ
朝から明け方まで一日中ネットサーフィンして、パソコンとパーツの価格を調べて回った。「とにかく見てくれる人を増やすこと」そう決めた槇野は単なる代表的な価格ではなく、安値情報を掲載することに執念を燃やした。営業マン時代、人がいかに「最安値」に惹かれるかを痛感していたからだ。
初期は掲載するお店も広告を払わなくても掲載していた上、法律に則った形式である限り安ければどんな怪しいお店でも極力掲載する程強いこだわりがあった。
槇野は「最安値が必ずあることがサイトの生命線」という考えを変えなかった。「そうしないとユーザーがネットでもっと安い店の値段を見つけたときに、『なんだ。一番安いのが載ってないじゃないか』って思うじゃないですか。そうしたら日本一安い価格を知ることが出来るサイトという信頼が揺らいでしまいますから」
槇野はサイトの内容を決めるとき、「パソコン購入層のピラミッドの頂点」を重視していた。「今は違いますが、当時はパソコンを買うときは、くわしい人に買う前に相談することが多かった。友達の中にたいてい一人ぐらい、めちゃくちゃパソコンにくわしいやつがいて、そういう人が仲間うちで教祖になっていたんです」槇野は「教祖たちを満足させるサイトを作ろう」と考えた。コミュニティの中のパソコン教祖たちに一目置かれるようになれば、彼らが弟子にサイトの宣伝をしてくれる。
ICP社長として投資先を探す中で、価格.comに注目した理由は、一つには自分が温めていたアイデアに近い、消費者側に立った代理サービスと判断したからだった。
(中略)仮想モールは販売代理機能を売り手側に提供しています。クライアントは出店店舗であり、各店がいかに多く売れる仕組みを作るかという視点でサービスを提供しています。しかし価格.comは一目瞭然の大っぴらな価格比較で店舗同士の価格競争を促したり、製品批判を含む掲示板運営を行っています。いかに消費者にとって便利かを最重要視しています」
初めて槇野と話した穐田が即決で出資を決めたのは、槇野が誰よりも消費者の目線でサイト運営しようとしていたことが大きかった。
資本金10億円で参入してきた外資の競合「ディールタイム」に対抗するための軍資金として穐田氏率いるICPから1億円資金調達したが、ディールタイムは撤退した。
(ディールタイムは)お金を使いすぎたんですね。僕のサイトはほんとチープです。つい最近コピー機を買ったような会社ですから。お金を使ってないんです。広告宣伝費もいっさい使ってないし。でも**我々のユーザーはクチコミで来た真のユーザーだったんですよ。だから僕らの方がアクセスもあったし広告もついた。**資本金300万円が資本金10億円に勝った!
ICPからの出資金は結局、使われずに終わった。このとき穐田がカカクコムのために用意した一億円は、槇野が引退し穐田が社長を引き継いだときになっても、一円も引き出されないまま定期預金口座に置かれていたという。自分でも言う通り槇野は、お金を使わない経営者だった。
プロダクトの設計にもその姿勢は現れている。余計な機能を削ぎ落とし、システム負担を軽くして無駄なお金は使わないようにしていた。
「当時も顧客データベースを持ち、囲い込むのが常識といった意見が多くありましたが、利用者目線で考えると、余計な機能や作業は無い方が便利です。機能を絞ることでシステム負担を軽くしていました。」
「他のサイトは登録させることで顧客の囲い込みを狙っていましたが、**我々はその真逆を行きました。そこにお金と労力を使うという発想は、二人とも全くありませんでした。**便利であれば必ず再び使っていただける確信がありましたから」
槇野にとって価格.comの優位性といえば、「どこよりも安い価格があること」に尽きた。だから「激安の現金問屋が参加してくれていること」こそがサイトの生命線だと考えていた。「僕がカカクコムを経営していた頃、ヤフーはあらゆる面でネット界最強の巨人だった。ヤフーもショッピングモールを作ったけど、まるで『うちはネットの高級デパートよ』って感じで、大型店しか入れなかったんです。価格.comと比べると、同じ商品でも値段の差は歴然だった。リアル店舗と違って、ネットショッピングの世界では価格競争力がないことは致命的なんです。ヤフーの戦略ミスのおかげで価格.comは生き延びられたんです」
「採用に関しては、声を掛けることもしましたが、大前提は価格.comが好きな人です」と穐田は話す。「だいたい、ぼくは面接で落としたことがないんですよ。価格.comが好きで、そこで働きたいという時点で資格はクリアしていると思うので」
だが彼らに入社した理由を尋ねると、サイトの魅力はもちろん、社長であった穐田の人間的な魅力を挙げる者が目立つ。「彼のもとでなら、自分のやりたいことをさせてもらえると思った」「すごく話しやすかったし、会社の自由な雰囲気を感じ取れた」
部下たちは穐田を、「仕事に関しては『やってみれば』と全部任せてしまう。仕事で人を叱ることはほとんどない。逆に仕事に関して穐田に叱られたら、それはかなりやばいということ」と評していた。穐田自身は、「槇野さんと違って、ぼくは一人で何もかも見ることはできません。それに一人が二十四時間でできる仕事の量は限界があります。会社の規模が拡大すると、クオリティが少々下がっても人に任さざるを得ませんでいた。」
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