
"Obsidian Butterfly Find A Last Song In Deep Blue Forest"
"Obsidian Butterfly Find A Last Song In Deep Blue Forest"「青の森で 黒曜石の蝶は 歌を見つける」――「第25楽章 神の不確かな音 : Deus Ex Machina」, 『ラーゼフォン』

比叡山延暦寺の古地図『山門三塔坂本惣絵図』(1767年: 江戸時代中期)
( English version is here )『山門三塔坂本惣絵図』ってなに?『山門三塔坂本惣絵図』(さんもんさんとう さかもと そうえず)は、比叡山延暦寺の境内と坂本地区を描いた古地図です。成立年代は 1767年 [1][2](江戸時代中期)。作者不詳。第1鋪と第2鋪の2つの地図で構成されます [3]。第1鋪の地図第1鋪の地図には、比叡山延暦寺の横川地区(北塔地区)と、比叡山の東麓の坂本地区(現在の滋賀県大津市坂本)が描かれています。『山門三塔坂本惣絵図』第1鋪(全体図)第2鋪の地図第2鋪の地図には、比叡山延暦寺の東塔地区と西塔地区が描かれています。『山門三塔坂本惣絵図』第2鋪(全体図)題名の意味『山門三塔坂本惣絵図』第2鋪の表表紙(旧字体: 山門三塔坂本惣繪圖)『山門三塔坂本惣絵図』(旧字体: 山門三塔坂本惣繪圖)という題名の意味は、「比叡山延暦寺の境内にある、東塔地区、西塔地区、横川地区(北塔地区)の3つの地区と坂本地区の全体地図」という意味です。 『山門三塔坂本惣絵図』という題名を構成するそれぞれの言葉の意味は、下記のとおりです。「山門」とは、比叡山延暦寺の通称で...
A society where many people live with shining eyes is probably a good society.



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比叡山延暦寺の古地図『山門三塔坂本惣絵図』(1767年: 江戸時代中期)
( English version is here )『山門三塔坂本惣絵図』ってなに?『山門三塔坂本惣絵図』(さんもんさんとう さかもと そうえず)は、比叡山延暦寺の境内と坂本地区を描いた古地図です。成立年代は 1767年 [1][2](江戸時代中期)。作者不詳。第1鋪と第2鋪の2つの地図で構成されます [3]。第1鋪の地図第1鋪の地図には、比叡山延暦寺の横川地区(北塔地区)と、比叡山の東麓の坂本地区(現在の滋賀県大津市坂本)が描かれています。『山門三塔坂本惣絵図』第1鋪(全体図)第2鋪の地図第2鋪の地図には、比叡山延暦寺の東塔地区と西塔地区が描かれています。『山門三塔坂本惣絵図』第2鋪(全体図)題名の意味『山門三塔坂本惣絵図』第2鋪の表表紙(旧字体: 山門三塔坂本惣繪圖)『山門三塔坂本惣絵図』(旧字体: 山門三塔坂本惣繪圖)という題名の意味は、「比叡山延暦寺の境内にある、東塔地区、西塔地区、横川地区(北塔地区)の3つの地区と坂本地区の全体地図」という意味です。 『山門三塔坂本惣絵図』という題名を構成するそれぞれの言葉の意味は、下記のとおりです。「山門」とは、比叡山延暦寺の通称で...
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The Four-eyed Serpent of Watarai-buchi Abyss Under the Watarai-bashi Bridge Over the Chōmeiji-gawa River
「伊吹弥三郎の岩屋と井明神社 : 姉川を生き、妹川に没した、伊吹山の水竜鬼の生と死」
4. 伊吹弥三郎が「死んだ場所」: 妹川(高時川)(井明神社)
4-5. 井明神社の祭神は誰なのか?
4-5-4. 「渡江淵の大蛇」説
https://wisdommingle.com/?p=30320#watarai

昔、此(この)橋下(はしのした)に大蛇(おろち)棲止(せいし)して往来の人を悩す。郷民(ごうみん)、之(これ)が為(ため)に苦み、狛長者(こまのちょうじゃ)、及(および)、敦実親王(あつみしんのう)に此事(このこと)を告ぐ。両将(りょうしょう)、諾(だく)して佐々木社(ささきしゃ)に参籠(さんろう)して此事(このこと)を祈るに、あらたかに霊夢を蒙(こうむ)り、彼(かの)橋上(はしのうえ)に到るに、大蛇(おろち)水上(みずのうえ)に浮び出(い)づ。両眼(りょうのまなこ)、日月(じつげつ)の如(ごと)く、其(その)影(かげ)、水に映(うつ)りて眼(まなこ)四(よつ)あるが如(ごと)し。敦実親王(あつみしんのう)、弓矢を取りて件(くだん)の眼(まなこ)を射(い)て遂(つい)に蛇(くちなわ)を滅(ほろぼ)し、件(くだん)の蛇(くちなわ)の霊(たましい)を祭りて神とす。今、橋の傍(かたわら)の社(やしろ)是(これ)なり。さて、彼(かの)四の眼(よつのまなこ)を射(い)るの故(ゆえ)を以(もっ)て佐々木(ささき)京極(きょうごく)の家紋を四目(よつめ)とするは、此謂(このいい)なり
(出典: 寒川辰清 [編集], 小島捨市 [校註], 宇野健一 [改訂・校註(新註)], (1976年), 「渡會橋」(渡会橋), 「北庄村」, 「蒲生郡第二」, 「巻之五十五」, 『新註 近江輿地志略 全』, 弘文堂書店, 671~672ページ.)

文永(ぶんえい)八年、大旱(おおひでり)す。佐々木頼綱(ささきよりつな)、領民(りょうみん)に令(れい)して、諸(もろもろの)井水(せいすい)の口(くち)に、大蛇(おろち)の霊(たましい)のなす所なりとして、神霊(しんれい)を祀(まつ)らしむ。井之明神(ゆのみょうじん)と号す。頼綱(よりつな)の臣(しん)、東条経方(とうじょうつねまさ)、蒲生郡(がもうぐん)佐々木神社(ささきじんじゃ)に祈りて神告(しんこく)を受け、頼綱(よりつな)と共に家伝の征矢(そや)を以(もっ)て大蛇(おろち)を伏(ふ)し、旱害(かんがい)を止(とど)めしによってなり。経方(つねまさ)の子孫、皆、井口姓(いのくちせい)を称す。
(出典: 富田八右衛門 [編集] (1983年) 「井之明神(井口)」, 「北富永村」, 「第一節 神社誌」, 「第九章 社寺編」, 『近江伊香郡志 下巻』, 弘文堂書店, 327-328ページ.)


The Four-eyed Serpent of Watarai-buchi Abyss Under the Watarai-bashi Bridge Over the Chōmeiji-gawa River
「伊吹弥三郎の岩屋と井明神社 : 姉川を生き、妹川に没した、伊吹山の水竜鬼の生と死」
4. 伊吹弥三郎が「死んだ場所」: 妹川(高時川)(井明神社)
4-5. 井明神社の祭神は誰なのか?
4-5-4. 「渡江淵の大蛇」説
https://wisdommingle.com/?p=30320#watarai

昔、此(この)橋下(はしのした)に大蛇(おろち)棲止(せいし)して往来の人を悩す。郷民(ごうみん)、之(これ)が為(ため)に苦み、狛長者(こまのちょうじゃ)、及(および)、敦実親王(あつみしんのう)に此事(このこと)を告ぐ。両将(りょうしょう)、諾(だく)して佐々木社(ささきしゃ)に参籠(さんろう)して此事(このこと)を祈るに、あらたかに霊夢を蒙(こうむ)り、彼(かの)橋上(はしのうえ)に到るに、大蛇(おろち)水上(みずのうえ)に浮び出(い)づ。両眼(りょうのまなこ)、日月(じつげつ)の如(ごと)く、其(その)影(かげ)、水に映(うつ)りて眼(まなこ)四(よつ)あるが如(ごと)し。敦実親王(あつみしんのう)、弓矢を取りて件(くだん)の眼(まなこ)を射(い)て遂(つい)に蛇(くちなわ)を滅(ほろぼ)し、件(くだん)の蛇(くちなわ)の霊(たましい)を祭りて神とす。今、橋の傍(かたわら)の社(やしろ)是(これ)なり。さて、彼(かの)四の眼(よつのまなこ)を射(い)るの故(ゆえ)を以(もっ)て佐々木(ささき)京極(きょうごく)の家紋を四目(よつめ)とするは、此謂(このいい)なり
(出典: 寒川辰清 [編集], 小島捨市 [校註], 宇野健一 [改訂・校註(新註)], (1976年), 「渡會橋」(渡会橋), 「北庄村」, 「蒲生郡第二」, 「巻之五十五」, 『新註 近江輿地志略 全』, 弘文堂書店, 671~672ページ.)

文永(ぶんえい)八年、大旱(おおひでり)す。佐々木頼綱(ささきよりつな)、領民(りょうみん)に令(れい)して、諸(もろもろの)井水(せいすい)の口(くち)に、大蛇(おろち)の霊(たましい)のなす所なりとして、神霊(しんれい)を祀(まつ)らしむ。井之明神(ゆのみょうじん)と号す。頼綱(よりつな)の臣(しん)、東条経方(とうじょうつねまさ)、蒲生郡(がもうぐん)佐々木神社(ささきじんじゃ)に祈りて神告(しんこく)を受け、頼綱(よりつな)と共に家伝の征矢(そや)を以(もっ)て大蛇(おろち)を伏(ふ)し、旱害(かんがい)を止(とど)めしによってなり。経方(つねまさ)の子孫、皆、井口姓(いのくちせい)を称す。
(出典: 富田八右衛門 [編集] (1983年) 「井之明神(井口)」, 「北富永村」, 「第一節 神社誌」, 「第九章 社寺編」, 『近江伊香郡志 下巻』, 弘文堂書店, 327-328ページ.)

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