
Kochoというシナリオ作成アプリ
ラノベゲームを作りたいとき、ラノゲツクールをインストールしなくてもいい時代。それは今だったのです。 今回紹介するのはKochoというラノベゲーム作成アプリです。Playストアからインストールすることができ、誰でも簡単にラノベゲームを作ることができます。これから紹介していくものの、実際にインストールしてみることをお勧めします。Content imageKochoをインストールすると、左のような画面が出てきます。これは、Kocho内にインストールされてあるアプリケーションで、今回作るゲームは形式上「アプリケーション」ということになります。 作ったアプリケーションは指定されたファイル形式でアップロードすることができ、手軽に手間なくラノベゲームを作ることができます。 なんといっても、スマホやタブレットでゲームを作れてしまうことが魅力です。しかしその一方、作成時に必要な素材は自分で調達しなければならないということもあります。Content imageアプリを作成すると、上記のような画面が出てきて、タップすることで詳細な設計画面に入ることができます。この「Untitled #1」という文字は...
シティーズスカイライン、100万人チャレンジ
シティーズスカイラインは、どう考えてもマスターピースの一つであり、やらないという選択は考えられなかった。 そこで、今回はかねてからやりたいと思っていた100万人チャレンジについて実行に移そうと考えている。100万人チャレンジとは、その名の通り「人口100万人の都市を作り出すことを目標に取り組む」ことで、その道のりは長いことが想定される。 オンライン上には数百を超える、魅力的なシティーズスカイライン猛者による試みが多く寄稿されており、それらを眺めているだけでも時間がすり減っていく。幸いにも天才たちの動画を見るだけで終わりそうはなく、むしろ自分で手を動かす方が楽しかったりするこのゲームにおいて、このチャンスを逃すことは後々後悔するだろうと考えたまでだった。Content image利用するMODは以下の通りで、おそらくあと足りないかもしれないのはコンピューティングパワーだろう。・81タイル解放MOD ・信号管理MOD ・道路追加 ・トレインステーション追加 ・時間操作MOD81タイルMODはほとんどの場合、このゲームを手にした瞬間にインストールしており、もはや常連である。信号管理に関...
ライブ配信は時代遅れ?
※この記事には私見が含まれます。ストリーマーが連続長時間配信をする行為を米国などでは**「Subathon」というが、これはPokimane**などが人間的ではないと非難した。 確かにその通りだというのはその通りで、以前に私もそのことに関して記事化した。Twitchでは確かにYoutubeよりもコミュニティがクローズドで、それがYoutubeのような「うざい観客」を寄せ付けない良い要素でもある。Youtubeでは基本的にメンバーシップに入っていなくてもライブ配信にコメントを投稿できるがTwitchはできなくもできる。つまり、購読者のみだけの空間を作り出せるのである。それもメンバー限定とかではなく、デフォルトでだ。 Twitchについてはそこまで詳しくはないが、以前の記事でTwitchの人気カテゴリはゲームではなくチャットであるということを話した。それはそうで、Twitchは最早ゲームストリームの場ではなくなりつつある。これはTwitchをゲーマーの場だと思っていた人ほど衝撃を受けるだろう。Content imageしかし、これは別段不思議な現象ではない。例えば、イチナナライブやミ...
Hello! This Project Name is Biyori!

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ラノベゲームを作りたいとき、ラノゲツクールをインストールしなくてもいい時代。それは今だったのです。 今回紹介するのはKochoというラノベゲーム作成アプリです。Playストアからインストールすることができ、誰でも簡単にラノベゲームを作ることができます。これから紹介していくものの、実際にインストールしてみることをお勧めします。Content imageKochoをインストールすると、左のような画面が出てきます。これは、Kocho内にインストールされてあるアプリケーションで、今回作るゲームは形式上「アプリケーション」ということになります。 作ったアプリケーションは指定されたファイル形式でアップロードすることができ、手軽に手間なくラノベゲームを作ることができます。 なんといっても、スマホやタブレットでゲームを作れてしまうことが魅力です。しかしその一方、作成時に必要な素材は自分で調達しなければならないということもあります。Content imageアプリを作成すると、上記のような画面が出てきて、タップすることで詳細な設計画面に入ることができます。この「Untitled #1」という文字は...
シティーズスカイライン、100万人チャレンジ
シティーズスカイラインは、どう考えてもマスターピースの一つであり、やらないという選択は考えられなかった。 そこで、今回はかねてからやりたいと思っていた100万人チャレンジについて実行に移そうと考えている。100万人チャレンジとは、その名の通り「人口100万人の都市を作り出すことを目標に取り組む」ことで、その道のりは長いことが想定される。 オンライン上には数百を超える、魅力的なシティーズスカイライン猛者による試みが多く寄稿されており、それらを眺めているだけでも時間がすり減っていく。幸いにも天才たちの動画を見るだけで終わりそうはなく、むしろ自分で手を動かす方が楽しかったりするこのゲームにおいて、このチャンスを逃すことは後々後悔するだろうと考えたまでだった。Content image利用するMODは以下の通りで、おそらくあと足りないかもしれないのはコンピューティングパワーだろう。・81タイル解放MOD ・信号管理MOD ・道路追加 ・トレインステーション追加 ・時間操作MOD81タイルMODはほとんどの場合、このゲームを手にした瞬間にインストールしており、もはや常連である。信号管理に関...
ライブ配信は時代遅れ?
※この記事には私見が含まれます。ストリーマーが連続長時間配信をする行為を米国などでは**「Subathon」というが、これはPokimane**などが人間的ではないと非難した。 確かにその通りだというのはその通りで、以前に私もそのことに関して記事化した。Twitchでは確かにYoutubeよりもコミュニティがクローズドで、それがYoutubeのような「うざい観客」を寄せ付けない良い要素でもある。Youtubeでは基本的にメンバーシップに入っていなくてもライブ配信にコメントを投稿できるがTwitchはできなくもできる。つまり、購読者のみだけの空間を作り出せるのである。それもメンバー限定とかではなく、デフォルトでだ。 Twitchについてはそこまで詳しくはないが、以前の記事でTwitchの人気カテゴリはゲームではなくチャットであるということを話した。それはそうで、Twitchは最早ゲームストリームの場ではなくなりつつある。これはTwitchをゲーマーの場だと思っていた人ほど衝撃を受けるだろう。Content imageしかし、これは別段不思議な現象ではない。例えば、イチナナライブやミ...
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※この記事には私見が含まれます。
日本と欧州という観点でいうと、日本側に中国を加えなければ話は均衡しないように思える。では仮に中国と日本を文化的に一体のものとして考えるとすると、欧州に似た歴史を呈するのかといえば、それもまた似通っていないが答えとなる。しかし、先に述べたように唐の時代、そしてそれに続く明の時代など中国はテクノロジーを発達させ、それが世界基準になる時代がないわけではなかった。つまり中国にはルネサンス的なものが、ルネサンスよりもはるかに前に起きていたということは言える。ただ、それがルネサンスに比べると全く異なる時期に起きて、かつルネサンスはその発展を参考に発展したという点において、比べるべき対象ではない。
先の話で、ルネサンスが宗教への対抗だと述べた。つまり欧州では、そもそもルネサンスのような大域的な芸術や文化の振興活動が、数百年にわたる「宗教が原因の大停滞時代」をばねして起こった。一方で日本ではそのようなアンチ活動は朝廷へのいら立ちをもとにした武士の登場があると述べた。しかし、武士の登場の時期を考えると、欧州よりも明らかに進んでいるし、遅れてもいる。
進んでいると答えた場合、それはルネサンス的な活動が、武士の登場に等しいと考える場合だ。しかしそれは全く中身の異なるものである。一方で遅れていると答えた場合、それはローマ帝国のような時代をもとに、武士が登場したという解釈になる。
個人的な見解になるかもしれないが、上記の考察と、現代の社会(詳しくはのちに述べる)を考えると日本社会は明らかに欧州とは異なる道を歩んでいる。そして、遅れているか進んでいるかの2択で考えるのは非常に難しいといえる。もしもどちらかだと考えると、日本はものすごく進んでいる国だととらえられるし、ものすごく遅れている国であるともとらえられる。この、「ものすごく」というのは、具体的にはどのくらいなのか、と問われれば、およそ600年くらいだろうと考える。
ただ、追加的に補足をするならば、現代の日本だけを見ていると、どうにも遅れているように思えることがある。それは「ルネサンス」の不在だ。
ここまでルネサンスに関して散々書いてきたが、やはり、ルネサンスが中国や日本、そして朝鮮などの歴史を見ていても、それに似た運動が見当たらないのが一目瞭然な時点で、欧州に追いつこうとするのは無理だし、遅れていると考えざるを得ない。

日本や欧州、そして中国は1900年代に至るまでの歴史から、入れ違いのようにして影響を与え合ってきたことが歴史から読み取れる。ルネサンスはもともと東方の発展の影響を受けたものだし、その東方の発展も、古代のヨーロッパの影響を受けているものだからだ。しかし、コロンブスをはじめとするアメリカの発展は、西か東かという議論では落ち着かないように思える。
アメリカは今なお世界の大国として君臨しているものの、それは昔からあった国家ではない。たった200年ほど前に作られた新興国家である。しかし、アメリカはルネサンスや産業革命が欧州で起こったとは思わせないほどのイノベーションやテクノロジーに満ち溢れている。
そしてアメリカは紛れもなく、現代の資本主義の中心的存在であり、その産業の動向は地球上のどの国も看過できないものとして認識されている。アメリカに限った話ではないが、テクノロジーの発達は基本的にはゆっくりと進むのが定説であり、多くの場合、それによって仕事が生まれたり消えたりする。
ただ、このテクノロジーによる仕事の消滅、生成のスパンは人間の一生分ほどの時間を必要とする場合が多く、簡単に仕事は置き換わらないことが分かっている。これは、リスキルやキャリア構築という考え方が通じるか通じないかの境界線を強く意識する必要を示している。
リンダ・グラットンの**人生100年時代におけるキャリアの変遷**は衝撃的な内容であるが、今の時代では多くの人々がそれを意識しなければならないという事実もまた存在する。特にコンピューターを中心とする第4次産業革命以降の世界では、これまでのテクノロジーの進歩とは全く異なる特徴がある。
※この記事には私見が含まれます。
日本と欧州という観点でいうと、日本側に中国を加えなければ話は均衡しないように思える。では仮に中国と日本を文化的に一体のものとして考えるとすると、欧州に似た歴史を呈するのかといえば、それもまた似通っていないが答えとなる。しかし、先に述べたように唐の時代、そしてそれに続く明の時代など中国はテクノロジーを発達させ、それが世界基準になる時代がないわけではなかった。つまり中国にはルネサンス的なものが、ルネサンスよりもはるかに前に起きていたということは言える。ただ、それがルネサンスに比べると全く異なる時期に起きて、かつルネサンスはその発展を参考に発展したという点において、比べるべき対象ではない。
先の話で、ルネサンスが宗教への対抗だと述べた。つまり欧州では、そもそもルネサンスのような大域的な芸術や文化の振興活動が、数百年にわたる「宗教が原因の大停滞時代」をばねして起こった。一方で日本ではそのようなアンチ活動は朝廷へのいら立ちをもとにした武士の登場があると述べた。しかし、武士の登場の時期を考えると、欧州よりも明らかに進んでいるし、遅れてもいる。
進んでいると答えた場合、それはルネサンス的な活動が、武士の登場に等しいと考える場合だ。しかしそれは全く中身の異なるものである。一方で遅れていると答えた場合、それはローマ帝国のような時代をもとに、武士が登場したという解釈になる。
個人的な見解になるかもしれないが、上記の考察と、現代の社会(詳しくはのちに述べる)を考えると日本社会は明らかに欧州とは異なる道を歩んでいる。そして、遅れているか進んでいるかの2択で考えるのは非常に難しいといえる。もしもどちらかだと考えると、日本はものすごく進んでいる国だととらえられるし、ものすごく遅れている国であるともとらえられる。この、「ものすごく」というのは、具体的にはどのくらいなのか、と問われれば、およそ600年くらいだろうと考える。
ただ、追加的に補足をするならば、現代の日本だけを見ていると、どうにも遅れているように思えることがある。それは「ルネサンス」の不在だ。
ここまでルネサンスに関して散々書いてきたが、やはり、ルネサンスが中国や日本、そして朝鮮などの歴史を見ていても、それに似た運動が見当たらないのが一目瞭然な時点で、欧州に追いつこうとするのは無理だし、遅れていると考えざるを得ない。

日本や欧州、そして中国は1900年代に至るまでの歴史から、入れ違いのようにして影響を与え合ってきたことが歴史から読み取れる。ルネサンスはもともと東方の発展の影響を受けたものだし、その東方の発展も、古代のヨーロッパの影響を受けているものだからだ。しかし、コロンブスをはじめとするアメリカの発展は、西か東かという議論では落ち着かないように思える。
アメリカは今なお世界の大国として君臨しているものの、それは昔からあった国家ではない。たった200年ほど前に作られた新興国家である。しかし、アメリカはルネサンスや産業革命が欧州で起こったとは思わせないほどのイノベーションやテクノロジーに満ち溢れている。
そしてアメリカは紛れもなく、現代の資本主義の中心的存在であり、その産業の動向は地球上のどの国も看過できないものとして認識されている。アメリカに限った話ではないが、テクノロジーの発達は基本的にはゆっくりと進むのが定説であり、多くの場合、それによって仕事が生まれたり消えたりする。
ただ、このテクノロジーによる仕事の消滅、生成のスパンは人間の一生分ほどの時間を必要とする場合が多く、簡単に仕事は置き換わらないことが分かっている。これは、リスキルやキャリア構築という考え方が通じるか通じないかの境界線を強く意識する必要を示している。
リンダ・グラットンの**人生100年時代におけるキャリアの変遷**は衝撃的な内容であるが、今の時代では多くの人々がそれを意識しなければならないという事実もまた存在する。特にコンピューターを中心とする第4次産業革命以降の世界では、これまでのテクノロジーの進歩とは全く異なる特徴がある。
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