Three Beliefs, Three Paths. Which one will you believe in?
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目次
・始まりがあれば、必ず終わりがある
・1. Content. 人々の愛され続け、心にあり続ける作品
・2. Web3. 「商品」と「投資」の両側面を満たし続ける仕組み
・3. Community. 思い返すと胸が熱くなる、あの伝説のコミュニティ
・愛されてるうちに、終わりたい。そして愛され続けたい
何事も永遠というものは存在しない。始まりがあれば、必ず終わりがある。
どんな人でも、いつかはこの世を去ってしまう。どのように人生を終えたいのか。 時間が経てば経つほど、終わり方の選択肢の幅は狭まっていく。終わる直前になってからでは、終わり方は選べない。
NAYUTA:東京電脳Rというプロジェクトも、始まったからには、必ず終わりがある。そして終わりは一度しか訪れない。
プロジェクトを始めて間もない今だからこそ考えたい。後悔しないためにも、どう終わりたいのかを。そんな終わり方を「Content」「Web3」「Community」といった大事な3つのキーワードに沿って考えてみたい。
NAYUTA:東京電脳Rは、「NAYUTA:東京電脳R、始動」でも触れた通り、Steak Ninja Boyの独特な世界観で生きるキャラクターのストーリーを描いていく、コンテンツ型のプロジェクトだ。
世の中には、名作と呼ばれるコンテンツがたくさん存在する。小説、漫画、アニメ、映画など、フォーマットは様々。ジャンルもファンタジー、ミステリー、スポーツなど様々だ。そんな中、どの作品にも共通することは、キャラクターの人生がストーリーとなる以上、そのストーリーにはどこかで終止符を打つ必要があるということ。すなわち、ストーリーの完結に伴い、プロジェクト自体もどこかで終わりを迎えないといけない。いつまでも終わりを迎えず引き伸ばしてしまうと、どこか慢性的な不完全燃焼感を覚えてしまうことは否めない(もちろん、長く続けられる方が難しいという承知の上で)。ファッションブランド系のプロジェクトであれば、歴史を刻んでいき、その歴史がまたブランドの価値を上げていくということが可能かもしれないが、コンテンツ型はそうはいかない。
連載やシリーズが終わっても、人々に愛され続ける作品や心に残り続ける作品がある。あのシーンを思い出すと胸が熱くなる。あのキャラクターのセリフには勇気付けられた。続編を待ち望んでいたあのワクワク感。自分の想像力を遥かに超越し、拡張してくれるようなあの感覚。そして時には心の拠り所になるような、そんな作品。誰にでもそのような作品が一つは存在するのではないだろうか。
そのような作品を創り上げるためには、作品自体の完成度やインパクトはもちろんのこと、完結後に作品の世界観を維持するのも同じぐらい大事だと考える。具体的には、NAYUTA:東京電脳RのIPを管理していくこと。綿密に創り上げた世界観が崩れないように。あの胸が熱くなった思い出を汚さないように。ファンの皆さんの夢を壊したり、失望させてしまうような仕事は受けない。お金に目が眩んで、自らの気品を下げてはいけない。
そして、コンテンツ作りもプロジェクト終了後のIP管理も、とてもじゃないけどファウンダーだけで務まることではない。私達は、漫画界の巨匠でもなければ、アニメ界の巨匠でもない。ストーリーを一緒に作ってくれる脚本家はもちろん、おそらく原画もSNBだけでは到底終わらない。漫画を作るとなると、編集を担ってくれる方や、アニメや映画を作るとなると、信じられないぐらいたくさんの人が絡むことになる。色々なプロフェッショナルのお力を借りながら、プロジェクトが終わっている頃には全員一緒に胸を張れるような、そんな姿を描いていきたい。
従来型のWebにブロックチェーン技術を応用したのが、Web3の正体と考える。ブロックチェーン上で、トランザクションを集団で管理することによって、情報や権利が一箇所に集約されず、分散される。企業や団体ではなく、個人に焦点があたる。自分が起こしたアクションに対するリターンも、個人が対象になる。その分リスクも個人が負うことになる。
ブロックチェーン技術の応用が可能にした、昨今のNFTを活用した仕組みは、興味深いものだ。プロジェクトのNFTを購入するということは、「商品」としてデジタルアートや会員権を購入するという側面もあれば、プロジェクト自体に対して疑似的に株のような形で「投資」するという側面もある。なお、どちらかというと「投資」の意味合いの方が色濃いのが現状だ。NFTホルダーは、プロジェクトを会社と見立てた時に、その会社の株を持っているような期待感がある。NFT自体の価値が上がることもあれば(キャピタルゲインのような概念)、そのNFTを持ち続けることによって享受できるメリット(インカムゲインのような概念)もある。この既存ホルダーが享受できるメリットの設計によって、プロジェクトに対する期待値が形成され、価値も上がっていく構造だ。もちろん、「商品」としての側面もあるため、商品自体のプレミアム感や持っていることによるステータスなども、価値に寄与してくる。誰が持っているかなども重要な要素だ。この従来はあまり混ざることがなかった、「商品」と(株のようなものへの)「投資」という二つの概念が、混ざり合うことによって、予測不能なものになっている。
さて、本題である「どう終わりを迎えるべきか」について考える。プロジェクトが終わるということは、既存ホルダーが享受出来ていた「次の一手によるメリット」を提供出来なくなるということに等しい。次の一手による追加の付加価値を見込めるという期待感がなくなってしまった瞬間、売り一択で価値が落ちてしまう。もちろん、前記した、持っていることによるステータスという概念が働けば、価値は下がらないかもしれない。それでもなお、市場はシビアなもので、ステータスというものだけでは、すぐ限界に達するのではないだろうか。プロジェクトが終わっても、プロジェクトが発行したNFTの価値はキープしたい。願わくばプレミアムがついて、時間と共に少しずつ上がってほしい。ホルダーの皆さんには半永久的に持っていて欲しい。捨てたくても捨てれない若い頃の思い出の品としてではなく、持ち続けることに経済的にも意味があるものとして。
そこで、プロジェクトが終了した際には、その後IPを通じて得られる利益を一部ホルダーに還元していく仕組みを考えたい。定義により、プロジェクトが終われば、運営チームが裂くリソースは減るため、報酬の割合も減らして良いはず。その減らした分を、ホルダー達に分配していく。こういった金銭的なメリットと、プレミアム感やステータス感が相まることによって、プロジェクト終了後も価値を保てるのではないだろうか。プロジェクトが進行中だった時に比べて、価値の爆発的な伸びは期待できないかもしれないが、安定的に利益を生み出せることによって持ち続ける意味があるような姿を描きたい。
もちろん、活用できる仕組みはNFTだけではない。そして使い方や考え方も上記に限らない。変化が激しいWeb3の世界。新しいアイデアはどんどん出てきて、信じられないぐらい速いスピードで実行される。今日まで通用したやり方が、明日も通用するとは限らない。常にアンテナを張り、何かに固執せず柔軟に対応していく。そんな姿勢を貫き続けていった先に、追い求める終え方があることを願っている。
コンテンツを作っていく上でも、web3を活用していく上でも、コミュニティは最も大事な要素だ。Web3界隈で著名なGary VeeもVeeConにて、コミュニティの重要さを絶えず説いていた。プロジェクトの可能性と成功を心底信じてくれている人々を、質と量の両面でいかに増やしていくか。何があっても、プロジェクトのNFTはホールドし続ける、信じ続ける、と言ってくれるようなコアなファンをいかに増やしていくか。
良質で、意味のあるコミュニティはどんな形・姿だろうか?Web3の世界で作られるコミュニティには、投機目的のみで形成されるものが多く存在する。「儲かるか儲からないか」が唯一の物差しであるが故に、MintしてはFlipを繰り返し、Floor Priceが往々にしてメインの議題。「儲かる」というキャッチフレーズが、市場自体を大きくしていくので、必ずしも悪いことではない。むしろ大きく貢献していると考え方もありうる(詐欺まがいのプロジェクトでなければ)。でも残念ながら、プロジェクトに対する「愛」は感じない。
どこか居心地が良い場所で、ほっこりしたい。他のメンバーがどんな発言をしているか気になって、毎日少しだけでもアクセスしてみたい。何かをやらなくてはいけないという心理的負担を感じるのではなく、自分の考えを発信してみたい。その発信に対して、他のメンバーの反応をもらいたい。Web見知りの誰かと質の高い会話がしたい。そんな欲求を満たしながら、NAYUTA:東京電脳Rを応援し、成功させたいという共通の目的意識を持てるような、そんなコミュニティ。
プロジェクトが終わった後、あの頃は熱かったなと思い返せる、高校の部活のような体験。共にプロジェクトの成功のためにひた走ったあの瞬間。数多くの壁を一緒に乗り越えてきた戦友がいて、その人の幸せを心底願えて、定期的に連絡を取り合って近況を聞きたいと思えるような友達が作れるような、そんなコミュニティ。実名や顔も分からず、Web上だけでの関係性かもしれない。もしかしたらIRL(In Real Life)でも実際に会えるのかもしれない。どちらにせよ、胸が熱くなったあの瞬間と、その瞬間を共にした友は、心に残り続けるはず。
そして、NAYUTA:東京電脳Rに深く関わることで、Web3の世界で自分自身のブランディングが出来て、各メンバーが次のステップを踏めるような形に出来ればこの上ない。そんな愛が溢れるコミュニティが形成された先には、成功の喜びと幸せを分かち合うと同時に、どこか切ない、そんな終わりが待っているのではないだろうか。
「愛」だけではだめで、「金」だけでもだめ。両方あってはじめて、プロジェクトは成功したと胸を張って言えるだろう。
NAYUTA:東京電脳Rが完結するまで、どれくらいの時間がかかるかは分からない。1年で終わりを迎えるかもしれない。10年以上かけていくのかもしれない。いずれにせよ、愛されてるうちに、惜しまれつつ終わりたい。そして愛され続けたい。プロジェクトの最果てには、そんな姿を描いている。
by la_croix
目次
・始まりがあれば、必ず終わりがある
・1. Content. 人々の愛され続け、心にあり続ける作品
・2. Web3. 「商品」と「投資」の両側面を満たし続ける仕組み
・3. Community. 思い返すと胸が熱くなる、あの伝説のコミュニティ
・愛されてるうちに、終わりたい。そして愛され続けたい
何事も永遠というものは存在しない。始まりがあれば、必ず終わりがある。
どんな人でも、いつかはこの世を去ってしまう。どのように人生を終えたいのか。 時間が経てば経つほど、終わり方の選択肢の幅は狭まっていく。終わる直前になってからでは、終わり方は選べない。
NAYUTA:東京電脳Rというプロジェクトも、始まったからには、必ず終わりがある。そして終わりは一度しか訪れない。
プロジェクトを始めて間もない今だからこそ考えたい。後悔しないためにも、どう終わりたいのかを。そんな終わり方を「Content」「Web3」「Community」といった大事な3つのキーワードに沿って考えてみたい。
NAYUTA:東京電脳Rは、「NAYUTA:東京電脳R、始動」でも触れた通り、Steak Ninja Boyの独特な世界観で生きるキャラクターのストーリーを描いていく、コンテンツ型のプロジェクトだ。
世の中には、名作と呼ばれるコンテンツがたくさん存在する。小説、漫画、アニメ、映画など、フォーマットは様々。ジャンルもファンタジー、ミステリー、スポーツなど様々だ。そんな中、どの作品にも共通することは、キャラクターの人生がストーリーとなる以上、そのストーリーにはどこかで終止符を打つ必要があるということ。すなわち、ストーリーの完結に伴い、プロジェクト自体もどこかで終わりを迎えないといけない。いつまでも終わりを迎えず引き伸ばしてしまうと、どこか慢性的な不完全燃焼感を覚えてしまうことは否めない(もちろん、長く続けられる方が難しいという承知の上で)。ファッションブランド系のプロジェクトであれば、歴史を刻んでいき、その歴史がまたブランドの価値を上げていくということが可能かもしれないが、コンテンツ型はそうはいかない。
連載やシリーズが終わっても、人々に愛され続ける作品や心に残り続ける作品がある。あのシーンを思い出すと胸が熱くなる。あのキャラクターのセリフには勇気付けられた。続編を待ち望んでいたあのワクワク感。自分の想像力を遥かに超越し、拡張してくれるようなあの感覚。そして時には心の拠り所になるような、そんな作品。誰にでもそのような作品が一つは存在するのではないだろうか。
そのような作品を創り上げるためには、作品自体の完成度やインパクトはもちろんのこと、完結後に作品の世界観を維持するのも同じぐらい大事だと考える。具体的には、NAYUTA:東京電脳RのIPを管理していくこと。綿密に創り上げた世界観が崩れないように。あの胸が熱くなった思い出を汚さないように。ファンの皆さんの夢を壊したり、失望させてしまうような仕事は受けない。お金に目が眩んで、自らの気品を下げてはいけない。
そして、コンテンツ作りもプロジェクト終了後のIP管理も、とてもじゃないけどファウンダーだけで務まることではない。私達は、漫画界の巨匠でもなければ、アニメ界の巨匠でもない。ストーリーを一緒に作ってくれる脚本家はもちろん、おそらく原画もSNBだけでは到底終わらない。漫画を作るとなると、編集を担ってくれる方や、アニメや映画を作るとなると、信じられないぐらいたくさんの人が絡むことになる。色々なプロフェッショナルのお力を借りながら、プロジェクトが終わっている頃には全員一緒に胸を張れるような、そんな姿を描いていきたい。
従来型のWebにブロックチェーン技術を応用したのが、Web3の正体と考える。ブロックチェーン上で、トランザクションを集団で管理することによって、情報や権利が一箇所に集約されず、分散される。企業や団体ではなく、個人に焦点があたる。自分が起こしたアクションに対するリターンも、個人が対象になる。その分リスクも個人が負うことになる。
ブロックチェーン技術の応用が可能にした、昨今のNFTを活用した仕組みは、興味深いものだ。プロジェクトのNFTを購入するということは、「商品」としてデジタルアートや会員権を購入するという側面もあれば、プロジェクト自体に対して疑似的に株のような形で「投資」するという側面もある。なお、どちらかというと「投資」の意味合いの方が色濃いのが現状だ。NFTホルダーは、プロジェクトを会社と見立てた時に、その会社の株を持っているような期待感がある。NFT自体の価値が上がることもあれば(キャピタルゲインのような概念)、そのNFTを持ち続けることによって享受できるメリット(インカムゲインのような概念)もある。この既存ホルダーが享受できるメリットの設計によって、プロジェクトに対する期待値が形成され、価値も上がっていく構造だ。もちろん、「商品」としての側面もあるため、商品自体のプレミアム感や持っていることによるステータスなども、価値に寄与してくる。誰が持っているかなども重要な要素だ。この従来はあまり混ざることがなかった、「商品」と(株のようなものへの)「投資」という二つの概念が、混ざり合うことによって、予測不能なものになっている。
さて、本題である「どう終わりを迎えるべきか」について考える。プロジェクトが終わるということは、既存ホルダーが享受出来ていた「次の一手によるメリット」を提供出来なくなるということに等しい。次の一手による追加の付加価値を見込めるという期待感がなくなってしまった瞬間、売り一択で価値が落ちてしまう。もちろん、前記した、持っていることによるステータスという概念が働けば、価値は下がらないかもしれない。それでもなお、市場はシビアなもので、ステータスというものだけでは、すぐ限界に達するのではないだろうか。プロジェクトが終わっても、プロジェクトが発行したNFTの価値はキープしたい。願わくばプレミアムがついて、時間と共に少しずつ上がってほしい。ホルダーの皆さんには半永久的に持っていて欲しい。捨てたくても捨てれない若い頃の思い出の品としてではなく、持ち続けることに経済的にも意味があるものとして。
そこで、プロジェクトが終了した際には、その後IPを通じて得られる利益を一部ホルダーに還元していく仕組みを考えたい。定義により、プロジェクトが終われば、運営チームが裂くリソースは減るため、報酬の割合も減らして良いはず。その減らした分を、ホルダー達に分配していく。こういった金銭的なメリットと、プレミアム感やステータス感が相まることによって、プロジェクト終了後も価値を保てるのではないだろうか。プロジェクトが進行中だった時に比べて、価値の爆発的な伸びは期待できないかもしれないが、安定的に利益を生み出せることによって持ち続ける意味があるような姿を描きたい。
もちろん、活用できる仕組みはNFTだけではない。そして使い方や考え方も上記に限らない。変化が激しいWeb3の世界。新しいアイデアはどんどん出てきて、信じられないぐらい速いスピードで実行される。今日まで通用したやり方が、明日も通用するとは限らない。常にアンテナを張り、何かに固執せず柔軟に対応していく。そんな姿勢を貫き続けていった先に、追い求める終え方があることを願っている。
コンテンツを作っていく上でも、web3を活用していく上でも、コミュニティは最も大事な要素だ。Web3界隈で著名なGary VeeもVeeConにて、コミュニティの重要さを絶えず説いていた。プロジェクトの可能性と成功を心底信じてくれている人々を、質と量の両面でいかに増やしていくか。何があっても、プロジェクトのNFTはホールドし続ける、信じ続ける、と言ってくれるようなコアなファンをいかに増やしていくか。
良質で、意味のあるコミュニティはどんな形・姿だろうか?Web3の世界で作られるコミュニティには、投機目的のみで形成されるものが多く存在する。「儲かるか儲からないか」が唯一の物差しであるが故に、MintしてはFlipを繰り返し、Floor Priceが往々にしてメインの議題。「儲かる」というキャッチフレーズが、市場自体を大きくしていくので、必ずしも悪いことではない。むしろ大きく貢献していると考え方もありうる(詐欺まがいのプロジェクトでなければ)。でも残念ながら、プロジェクトに対する「愛」は感じない。
どこか居心地が良い場所で、ほっこりしたい。他のメンバーがどんな発言をしているか気になって、毎日少しだけでもアクセスしてみたい。何かをやらなくてはいけないという心理的負担を感じるのではなく、自分の考えを発信してみたい。その発信に対して、他のメンバーの反応をもらいたい。Web見知りの誰かと質の高い会話がしたい。そんな欲求を満たしながら、NAYUTA:東京電脳Rを応援し、成功させたいという共通の目的意識を持てるような、そんなコミュニティ。
プロジェクトが終わった後、あの頃は熱かったなと思い返せる、高校の部活のような体験。共にプロジェクトの成功のためにひた走ったあの瞬間。数多くの壁を一緒に乗り越えてきた戦友がいて、その人の幸せを心底願えて、定期的に連絡を取り合って近況を聞きたいと思えるような友達が作れるような、そんなコミュニティ。実名や顔も分からず、Web上だけでの関係性かもしれない。もしかしたらIRL(In Real Life)でも実際に会えるのかもしれない。どちらにせよ、胸が熱くなったあの瞬間と、その瞬間を共にした友は、心に残り続けるはず。
そして、NAYUTA:東京電脳Rに深く関わることで、Web3の世界で自分自身のブランディングが出来て、各メンバーが次のステップを踏めるような形に出来ればこの上ない。そんな愛が溢れるコミュニティが形成された先には、成功の喜びと幸せを分かち合うと同時に、どこか切ない、そんな終わりが待っているのではないだろうか。
「愛」だけではだめで、「金」だけでもだめ。両方あってはじめて、プロジェクトは成功したと胸を張って言えるだろう。
NAYUTA:東京電脳Rが完結するまで、どれくらいの時間がかかるかは分からない。1年で終わりを迎えるかもしれない。10年以上かけていくのかもしれない。いずれにせよ、愛されてるうちに、惜しまれつつ終わりたい。そして愛され続けたい。プロジェクトの最果てには、そんな姿を描いている。
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