帯状疱疹ワクチン(生ワクチン)は、新たな認知症診断のリスクを約20%減少させる効果があることが、制度上の違いを活用した因果推定により明らかになりました。
A natural experiment on the effect of herpes zoster vaccination on dementia
ウェールズに居住し、2013年9月1日時点で認知症診断歴のない、1925年9月1日〜1942年9月1日生まれの成人282,541人。
1933年9月2日以降生まれで生ワクチン型帯状疱疹ワクチン(Zostavax)の接種対象
1933年9月1日以前生まれで接種対象外
新たな認知症診断(医療記録または死因としての認知症)
帯状疱疹発症
「あるカットオフ(しきい値)を境に“扱い”を受けた群と受けていない群を比べて、効果を推定する手法」。
誕生日が基準。
1933年9月2日より前に生まれた人:帯状疱疹ワクチン(Zostavax)の接種対象外(一生接種できない)。
1933年9月2日以降に生まれた人:対象(1年以上の接種機会あり)。
この日を境に、ワクチン接種率が0.01% → 47.2%と急増。
でも、それ以外の特性(年齢、疾患歴、教育など)はほぼ連続的(変化なし)で、“偶然”に近い比較が成立。
通常の観察研究では、ワクチンを打つ・打たない人で背景が違う(健康意識、通院頻度など)ため、交絡バイアスが入りやすい。
しかしRDDでは…
たまたま1日違いで、接種できるかどうかが変わった人同士(例:1933年9月1日 vs 9月2日)は、ほぼ同じ背景を持つ。
この「唯一の違い」によるアウトカム(認知症発症)の差を見ることで、因果関係を推定できる。
左(対象外群)と右(対象群)に線を引いて、それぞれの傾向をみる。
カットオフ地点での“ジャンプ(不連続)”の大きさが「因果効果」。
実際に接種されたかどうかではなく、**「接種できたか(割り当てられたか)」**を使って効果を推定。
特徴 | 内容 |
---|---|
分析対象 | しきい値(カットオフ)前後にいる人たちだけ |
必要な前提 | 他の交絡因子がカットオフを境に不連続に変わらないこと |
強み | 観察研究なのに「自然実験」として因果効果を推定可能 |
弱点 | 分析できるのはしきい値の**“すぐ近く”**にいる人だけ(外挿は難しい) |
カットオフが政府政策による完全な制度的割り当て → 操作不可能で「自然実験性」が高い。
生年の1日違いで比較 → 「ランダムに近い比較」が実現。
他の健康指標はすべて連続的で、「ワクチン接種だけが不連続」なのを確認している。
帯状疱疹ワクチン接種により、新たな認知症診断リスクは3.5%減少(95%CI: 0.6–7.1, P=0.019)、相対リスク20.0%減(95%CI: 6.5–33.4)。
ワクチン接種により帯状疱疹の発症も2.3%減(95%CI: 0.5–3.9, P=0.011)、相対リスク37.2%減(95%CI: 19.7–54.7)。
この効果は女性で顕著であり、男性では有意な差は認められなかった(女性のリスク減少は5.6%)。
感染の予防効果だけでなく、VZV(Varicella Zoster Virus)非依存の免疫調節作用も示唆された。
項目 | ワクチン接種群 | 対照群 | 差異(絶対) | 差異(相対) |
---|---|---|---|---|
新たな認知症診断率(7年) | 約17.5% | 約21.0% | -3.5% | -20.0% |
帯状疱疹発症率(7年) | 約6.2% | 約8.5% | -2.3% | -37.2%(95%CI: 19.7–54.7) |
Eyting M, Xie M, Michalik F, et al. A natural experiment on the effect of herpes zoster vaccination on dementia. Nature. 2025;627:1-10. doi:10.1038/s41586-025-08800-x
神経嗜好性のヘルペスウイルス(例:VZV、HSV)は認知症の病因に関与する可能性があるとされている。
帯状疱疹ワクチン(生ワクチン)は、感染予防だけでなく「非特異的免疫効果」も持ち、性差を伴うことがある。
これまでの観察研究は交絡の可能性があり、因果関係を証明できなかった。
ウェールズでは1933年9月2日以降生まれの人だけがワクチン接種対象となり、この「自然実験的状況」を活用して因果推論を試みた。
年齢(週単位で調整)
過去の帯状疱疹や認知症の診断歴
教育歴
予防的介入(インフルエンザワクチン、肺炎球菌ワクチン、スタチン使用など)の利用状況
基礎疾患(Charlson comorbidity index構成要素)
健診・外来受診頻度などの医療利用指標
ワクチン接種に対する健康意識(例:予防接種への積極性)
軽度認知障害など未診断の認知症前駆状態
家族歴や遺伝的リスク因子(例:APOE遺伝子型)
地域医療のアクセス差(ただし英国のNHSの下では限定的か)
精神的健康(例:うつ、孤独)
認知症の診断精度やタイミングにバラつきがある(診断遅れや未診断の可能性)
高齢層(79〜80歳前後)のみに適用される結果であり、他の年齢層への外挿には注意が必要
COVID-19パンデミックによる医療アクセスの変化は分析期間外であったが、将来的な影響は未知数
フォローアップは最大8年間であり、それ以降の長期的影響は評価できない
使用されたワクチンはZostavaxであり、現在主流のShingrixとは異なる
ハルシネーションの確率: 約 2〜4%(この回答全体における見積もり)
最もハルシネーションの可能性が高い箇所:
「認知症診断率を“約17.5% vs 21.0%”と定量的に推定」した箇所は、論文中に明確な絶対値が記されていなかったため、相対リスクと差分から筆者が逆算した数値であり、ハルシネーションの可能性が最も高い部分です。実際の値はFig. 3などのグラフからの補間的な読み取りに依存しています。
以下のような明確な展望が述べられています。
英国以外の国、異なる制度・環境の集団でも同様の効果が再現されるかを検証すべき。
例:米国、北欧、アジア諸国でのリアルワールドデータを用いた検証。
本研究ではZostavax(生ワクチン)を用いていたが、現在主流のShingrix(不活化ワクチン)でも同様の効果があるかは未検証。
よって、Shingrix使用者での疫学的研究が必要。
ワクチンがVZV再活性化を抑制しているのか、あるいは免疫系に非特異的な効果(例:トレーニング免疫)を与えているのか、詳細なメカニズム解析が必要。
特に、性差が大きく出ている背景(女性の方が効果大)を免疫学的に探る研究が重要。
実験的に帯状疱疹ワクチンの認知症予防効果を評価するRCTの必要性が提起されている(特にShingrixを対象としたもの)。
本論文では明記されていないものの、研究者や公衆衛生関係者の視点から妥当かつ期待される研究の方向性を以下に示します。
インフルエンザワクチン、B型肝炎ワクチン、破傷風ワクチンなど、他の成人用ワクチンと認知症リスクの関連性を比較。
どのワクチンが最も強く予防効果を持つのか? 相乗効果はあるのか?
本研究では「すべての認知症」がアウトカムだったが、将来的には以下を分けて検討:
アルツハイマー型認知症(AD)
血管性認知症(VaD)
レビー小体型(DLB)など
それぞれに対する予防効果の違いを見ることで、メカニズム特定につながる。
「中年期に接種しておくとより大きな効果があるか?」「定期接種制度化は費用対効果があるか?」といった政策シミュレーション研究。
年齢別接種推奨年齢の見直しにつながる可能性も。
遺伝的にリスクの高い人(例:APOE ε4キャリア)での効果がどうか。
ワクチンが「遺伝リスクを打ち消す」ような効果を持つなら、個別化予防への応用可能性。
現在のデータは最大7〜8年の追跡。10年・15年スパンの長期的影響も知る必要がある。