インドをバックバックしていて最初に覚えるヒンズー語は、数多の売り子を掻き分けるために使う「ナヒン!(ノー。いらないよ)」だが、それ以外も、「エーク、ドー、ティーン(1、2、3)」「ティケ(OK)」など簡単なヒンドゥー語も身につくようになる。日常的な言葉では「明日」と「昨日」と2つの意味をもつ「kal」という単語を不思議がりながら使ったりしていた。時間を前後ではなく、現在からの距離の遠さによって表現するという円環的時間感覚の表れなのだろう。時間感覚が言語に投影されているとすれば、ヒンズー語に「劫(カルパ)」(1劫=43億2,000万年)という時間単位が存在することにはただただ驚愕する。こうした時間感覚は、人の一生のような時間軸をもとに考えていては到底生まれ得ないはすだ。 しばらく前に「1万年時計」の存在を知ったときも似たような感覚を覚えた。これは、音楽家のブライアン・イーノやアマゾン創業者のジェフ・ベゾスが進める1万年動き続ける巨大な時計をつくるプロジェクトだ。1年に1回針が進み、1万年後まで時を刻み続ける。1年、100年、そして1千年経つごとにイーノが作曲したメロディが奏でられる...