Dr. bycomet
マーストリヒトの経験は、「語り」と「制度」を往復させる仕組みを整えれば、ケアはより民主的になり得ることを教えてくれます。小さな物語を拾い上げ、翻訳し、制度を具体的に書き換える――この循環を他地域でも再現することで、脆弱な立場にある人びとの声が意思決定から排除されないケア環境を築けるでしょう。
【音声解説】
「参加型社会」を掲げて福祉を地域へ移行しても、理想と現実のあいだには深い溝があります。マーストリヒト市で行われた約20か月の民族誌研究は、その溝を埋める鍵が“語り(ナラティブ)”をどう扱うかにあると示しました。
成功だけを語るのではなく、失敗や葛藤も場を越えて共有するとき、ケアと民主主義は同時にアップデートされる――本稿では、ひとつの研究論文が抽出した7つの実践と、その仕組みを日本の医療・コミュニティづくりの視点からまとめます。
オランダ・マーストリヒト市における福祉改革(参加型社会への移行)を題材に、「語り(ナラティブ)のやり取り」が地域のケア実践と民主主義にどのような影響を及ぼすかを分析した研究です。主な内容は以下のとおりです。
研究目的
福祉改革をめぐる「マスターナラティブ(参加型社会は市民をエンパワーし民主主義を刷新するという大枠の物語)」と、現場で当事者が語る「スモールストーリー(断片的で個人的な語り)」の相互作用を解明する。
その相互作用が、ケアの理解や資源配分の意思決定を通じて民主主義を支える/阻害する条件を明らかにする。
方法
2016年1月〜2017年7月の約20か月にわたり、マーストリヒトの4つのソーシャルケアイニシアチブ(市民芸術センター、子ども農場、ソーシャル・アントレプレナー団体など)と市政策部局を対象に民族誌調査を実施。
参加観察、80件のインタビュー、政策文書の分析を通じて、異なる「語りの環境」(日常の作業現場、リーダー会議、市役所の政策会議など)間で物語がどのように伝達・変容するかを追跡。
結果:二つのナラティブ相互作用
イデアライズ型(idealizing)
マスターナラティブを補強する成功談のみが選択的に再語りされ、「自助・市民力」の美談が強調される。
語りは改革の正しさを証明する「宣伝材料」として機能する一方、支援不足や失敗を語る小さな物語は他の場へ届かず、意思決定に反映されない。
プラグマタイズ型(pragmatizing)
現場で生じた葛藤や失敗の語りも政策担当者やリーダーが積極的に共有。
「ボランティア=無償の支援者」「プロを排した自然なケア」という前提が見直され、“ライフワールド・プロフェッショナル”(日常生活の場に常駐し柔軟に支援する新たな専門職)の配置や追加財源の投入など、具体的な制度修正につながった。
依存とケアを相互的な“網”として捉え直し、「自立=依存の否定」という二分法を超えた包摂的な語りへとアップデート。
結論
民主的なケア実践を深化させる鍵は「どの語りが場を越えて再語りされるか」にある。
イデアライズ型では脆弱な当事者の声が政策議論から排除されやすく、既存の不平等を温存。
プラグマタイズ型は「不都合な物語」をも共有することでマスターナラティブを修正し、資源配分や専門職の役割を現実に即して再設計できる――すなわち、物語の多声性こそが福祉改革期の民主主義を支える。
示唆
形式的な審議会や“Do-デモクラシー”だけでなく、日常の物語を横断的に翻訳・循環させる仕組みを設計することが、包摂的な地域ケアと民主的意思決定の両立に不可欠である。
本研究は、従来の「手続き設計」中心の議論に対し、ナラティブ分析を通じて“語りの交通整理”こそが民主主義の質を左右することを実証的に示した点で意義深い。
オランダの福祉改革(参加型社会への移行)の現場で生まれた新しい専門職像で、日常生活の場(ライフワールド)に常駐し、ボランティアや利用者と同じ空間・リズムで活動しながら、柔軟にケアと社会参加を支える専門職を指します。従来の「機関‐クライアント」型のサービス提供者ではなく、「現場に溶け込み、語らい・作業・余暇などの自然なやり取りの中で支援を編み直す存在」です。
福祉の脱医療化・地域移行
オランダでは2015年の社会支援法(Wmo)等により、介護・就労支援を「市民相互の自助・参加」に委ねる改革が進行。
理想と現実のギャップ
「ボランティアや当事者だけで支え合う」理想が先行し、現場では ▼支援ニーズの高度化 ▼地域活動者の燃え尽き──が表面化。
専門性の“再配置”
そこで、医療・心理・社会福祉の専門職が施設ではなく生活現場側に出向く形で導入され、「ライフワールド・プロフェッショナル」という呼称が定着しました。
マルチスキル:心理・ソーシャルワーク・コミュニティデザインなど複合スキル。
常駐型コミュニケーション:雑談・作業を通じた観察と即応。
翻訳力:断片的な語りと制度言語を行き来できる対話能力。
倫理的感受性:依存と自立を二分法で捉えず、「相互依存の網」を肯定する姿勢。
多声性の包摂:成功談だけでなく「失敗・葛藤・沈黙」も場を超えて共有し、資源配分や制度修正につなげることで、脆弱な声が政策から排除されるのを防ぐ。
関係性の再編:専門職が「支配‐被支配」の外側で役割を再定義することで、市民・専門職・行政の水平協働を促進。
即応性と制度接続:日常のニーズを早期に拾い上げ、行政資源へ迅速に接続することで、従来の縦割り遅延を緩和。
ライフワールド・プロフェッショナルは、“生活の場”と“制度”をゆるやかに接合し、物語を循環させることで包摂的なケアと民主的意思決定を同時に下支えするハイブリッド専門職です。日本でも、高齢者の在宅移行や多職種連携を推進するうえで、単なるコーディネーターを超えた「日常にとけ込む専門職」として活用余地が大きいと考えられます。
2015 年以降、オランダでは「参加型社会(participatiesamenleving)」への移行を掲げ、福祉サービスを地域と市民相互扶助へ大胆にシフトしました。本論文(Knibbe & Horstman, 2020)は、この改革期にマーストリヒト市が支援した4つのソーシャルケアイニシアチブを約 20 か月追跡し、「語り(ナラティブ)のやり取り」がケアの実践と民主主義にどのような影響を及ぼしたかを民族誌的に分析しています。
研究チームは参加観察・80 件の半構造化インタビュー・政策文書解析を組み合わせ、日常の作業現場・リーダー会議・市役所会議という3種類の「語りの環境」を横断的に比較しました。結果として、
イデアライズ型(成功談のみを再語り)
プラグマタイズ型(失敗や葛藤も共有)
という2種類のナラティブ相互作用を抽出。後者が生じた場では、制度の修正や「ライフワールド・プロフェッショナル(生活世界常駐型専門職)」の新設など具体的な資源再配分が進み、包摂的な意思決定が可能になったと結論づけています。
多声性の確保
プラグマタイズ型では不都合な物語も場を越えて共有され、影響力の格差(いわゆる “diploma democracy”)が緩和される。
資源配分の共同決定
現場と行政が同じテーブルで失敗談を検討し、専門職配置や追加予算を即時に書き換える。
価値観の書き換え
「自立=善/依存=悪」という二元論を超え、相互依存を前提とする包摂的なケア観を共有する。
マーストリヒトの経験は、「語り」と「制度」を往復させる仕組みを整えれば、ケアはより民主的になり得ることを教えてくれます。小さな物語を拾い上げ、翻訳し、制度を具体的に書き換える――この循環を他地域でも再現することで、脆弱な立場にある人びとの声が意思決定から排除されないケア環境を築けるでしょう。
Knibbe, M., & Horstman, K. (2020). Constructing democratic participation in welfare transitions: An analysis of narrative interactions. Health Expectations, 23, 84–95. https://doi.org/10.1111/hex.12970
※この記事はAI共創型コンテンツです。
■ AI
コンテンツ生成・要約:OpenAI ChatGPT(o3-pro)
音声解説:NotebookLM
■ 編集長
Dr. bycomet
医師。2007年よりブログ・ツイッターでの情報発信を開始。2015年「地域医療ジャーナル」(有料会員数10,886人月)を創刊、2018年オンラインコミュニティ「地域医療編集室」(登録会員数40人)を設立。2022年オンラインプラットフォーム「小さな医療」(登録会員数120人)を運営し、エビデンスに基づく地域医療の実践と情報提供を続けています。
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