Dr. bycomet
効果的な肥満予防により肥満関連疾患の医療費削減が得られるものの、延長された余命に発症する非肥満関連疾患の医療費増加により相殺されるため、肥満予防は医療費増加を抑制する特効薬とはなりません。
【音声解説】
Lifetime Medical Costs of Obesity: Prevention No Cure for Increasing Health Expenditure
オランダの公衆衛生データを基にシミュレーションした仮想コホート各500名の男女(計1,000名)
非喫煙かつBMI≧30(体格指数[body mass index]肥満コホート)
非喫煙かつBMI18.5–25(正常体重の健康生活コホート)
喫煙かつBMI18.5–25の継続喫煙コホート
なし
肥満コホート:20歳時点で BMI ≥ 30、非喫煙
喫煙コホート:BMI 18.5–25、終生喫煙
健康的生活コホート:BMI 18.5–25、非喫煙
リスク因子状態(肥満または喫煙)の有無を設定し、RIVM-CDM※ によるマルコフモデルで生涯の疾患発症・死亡・医療費を推定。
※RIVM‑CDM:オランダ国立公衆衛生環境研究所慢性疾患モデル(National Institute for Public Health and the Environment–Chronic Disease Model)。
各コホートの残余平均余命
年齢階層別および生涯医療費(割引率0%、3%、4%)
動的マルコフシミュレーションによる仮想コホート解析
20歳時点の残余平均余命は、肥満コホート59.9年、健康生活コホート64.4年、喫煙コホート57.4年であった。
生涯医療費(2003年価格水準、割引率0%)は、肥満コホート250千ユーロ、健康生活コホート281千ユーロ、喫煙コホート220千ユーロであり、肥満コホートは健康生活コホートに比し13%低く、喫煙コホートは12%低かった。
年齢別年間医療費は、56歳まで肥満コホートが最も高く、それ以降は喫煙コホートが最も高かった。
仮想的に肥満コホートを健康生活コホートに移行させた場合、初期約50年間は糖尿病や変形性関節症などの減少による累積医療費削減が生じたが、その後の余命延長に伴う非肥満関連疾患の医療費増加により相殺された。
感度分析の全シナリオでも、健康生活コホートの生涯医療費が最も高く、喫煙コホートが最も低い順位関係は変わらなかった。
van Baal PHM, Polder JJ, de Wit GA, Hoogenveen RT, Feenstra TL, Boshuizen HC, et al. Lifetime medical costs of obesity: Prevention no cure for increasing health expenditure. PLoS Med. 2008 Feb 5;5(2):e29. doi:10.1371/journal.pmed.0050029
肥満は主要な罹患・死亡要因であり、多くの国で公衆衛生上の優先課題になっている。
医療費の抑制と健康増進を同時に実現できるとの期待から、肥満予防は費用節減にも寄与するとしばしば主張されてきた。
しかし喫煙予防の研究では、「延命による他疾患コストの増大」が短期的な節減を相殺し、長期的には医療費が増える可能性が指摘されている。
肥満関連疾患(糖尿病や変形性関節症など)と喫煙関連疾患(COPDや肺癌など)の疾患プロファイルが異なるため、同じメカニズムが肥満にも当てはまるかは不明だった。
既存の肥満コスト研究の多くは横断的推計で、延命に伴う「代替疾患コスト」を含めた生涯コストを評価したものは限られている。
本研究はマルコフ型コホートシミュレーション(RIVM‑CDM)を用い、(1)肥満者、(2)健康的生活者、(3)喫煙者の3コホートで年次および生涯医療費を比較し、肥満予防が医療費に与える長期的影響を検証した。
シミュレーションモデルゆえ、観察研究の「多変量調整」とは異なり、あらかじめ設定したパラメータ以外の交絡は考慮されていない。
とくにSESや身体活動はBMIとも医療利用とも相関が強く、医療費推計にバイアスを残す可能性がある。
肥満の度合いを3クラス以上に細分できず(BMI ≥ 30 を一括扱い)→重度肥満の死亡・費用リスクを過小評価する恐れ。
医療費は「年齢×疾患」関数で近似し、終末期費用(Time‑to‑death)を個別に扱わない。
患者1人当たり費用をBMI・喫煙状態で区別していない(例:肥満者の腰痛治療費は高い可能性)。
間接費(生産性損失・介護費・火災損失など)やQOL影響を含めていないため、社会的費用は過少推計。
リスク因子の移行(禁煙・減量・再増量)を許容しない固定コホート設計。
相対リスク・医療費はオランダ2003年データに依存し、他国・将来に外挿する場合の妥当性が限定的。
肥満者は生涯で糖尿病・筋骨格疾患コストが高いが、短命ゆえ総医療費は健康群より低い。
肥満予防が成功して延命すると、肥満関連疾患減少による節減は50年程度で頭打ちになり、その後は他疾患費用が上回る。
喫煙予防と同様、医療費削減策としての予防には限界があり、「健康増進」と「費用節減」を同時に満たす保証はない。
それでも予防は費用対効果(Cost‑effectiveness)の観点で価値があり、「医療費節減」を唯一の評価基準にすべきではない。
シミュレーション結果は割引率・コスト定義・リスク低減速度を変えても「健康群>肥満群>喫煙群」の費用順位は不変。
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