
生成AIが当たり前になった今、音楽制作の現場における「依頼内容」が根底から変わり始めている。ラッパーやシンガーがSunoなどでビートを自作し、プロデューサーへ相談に来る内容が、「ゼロからの制作」ではなく、「AI曲の再現・仕上げ」「AIビートのミックス&マスタリング」へとシフトしているのだ。
技術の進化で制作の敷居が劇的に下がり、誰でも好きな音でデモを作れるようになった一方、プロに頼むべき領域や価格の妥当性など、新たな課題も噴出している。現場で起きている3つの変化から、AI時代ならではの「人間とAIの役割分担」を掘り下げてみる。
1. AI生成ビートの「完全再現/ステム化」依頼 AIで作られたデモ音源(MP3やWAVの2mix)を持ち込み、「これを本格的な音質で仕上げてほしい」というリクエストが増えていると聞く。しかし、AI生成曲はパラデータ(楽器ごとの音源)やMIDIが存在しないことが大半だ。プロが仕上げるには、耳コピでコードやフレーズを解析し、ドラムや楽器を打ち込み直し、アレンジを再構築するという、実は「ゼロから作るより手間がかかる作業」が必要になる。「AIでサクッと作れたから、修正も簡単でしょ?」という依頼者の期待と、「裏側で行う膨大な復元作業」のコスト。このギャップをどう埋めるかが大きな課題だ。
2. 「ミックス&マスタリングだけ」への特化 「トラックはAIや自作で用意したので、音の仕上げだけ頼みたい」という需要も増えているようだ。ここでの競合は、LANDRやOzoneといったAIマスタリングツールだ。「安くて一瞬」というAIの利便性が広まる中で、プロに依頼する価値(空気感の調整、ダイナミクスの演出、楽曲の意図を汲んだ微調整)を明確に提示できなければ、AIサービスに流れてしまいがちだ。一方で、商用利用やこだわり派の間では、「AIの均一な仕上がり」ではなく、「人間の耳による判断」を求める声も今はまだ残っているようだ。
3. AIデモをベースにした「最後の10%」のクオリティアップ デモ段階までAIで作成し、最終的なクオリティアップをプロに託すパターンだ。前述の「再現依頼」と似ているが、こちらは「人間的な感性による詰め」が主目的である。構成の整理、生楽器への差し替え、展開のドラマ作りなど、AIが苦手とする「感情を揺さぶる微調整」を行う。AIで9割完成していても、残りの1割にどれだけ価値を感じてもらえるか。「人間だけが持つセンス」が、プロとして生き残れるかどうかの分かれ目になる。
まとめ AIと人間のプロデューサー、それぞれの役割と期待値は今まさに再編の時を迎えている。パラデータの書き出し不能なAI音源を扱う以上、解析やMIDI化といった「高単価な技術職」の側面が強くなる。だからこそ、「安く手軽に」という波には安易に乗らず、プロの作業価値と適正価格をフェアに伝えることが重要だと言える。自動化が進む中で、「最後の質感」や「クリエイターの耳」にどれだけの価値を見出してもらえるか。その発信力が問われている。まぁ、最終的にはそれさえも要らないという世の中になってしまうかも知れないけれど、その時はもう「楽しいから音楽をやり続ける」ということしかできないと思う。
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