2020年、JAMA誌に掲載された「高齢者における認知機能低下スクリーニング」のUSPSTF(米国予防サービス専門委員会)勧告声明によると、現時点ではスクリーニングの有益性と有害性を評価する十分なエビデンスがなく、推奨できません。
【音声解説】
高齢化社会の進展に伴い、認知症や軽度認知障害(MCI)といった認知機能低下への対応は重要性を増しています。本勧告は、65歳以上の地域在住高齢者に対して、症状のない段階での認知機能スクリーニング(検診)の有用性とリスクを総合的に評価し、現時点での推奨事項を示したものです。
65歳以上の地域在住高齢者(認知機能低下の自覚症状や他者から指摘されていない無症候者)
現時点では、スクリーニングの有益性と有害性を評価する十分なエビデンスがなく、推奨できない(“I ステートメント”)
スクリーニングツール自体の感度・特異度は比較的高いものの、スクリーニングから得られる臨床的利益(QOL改善や転帰改善など)を示す直接証拠が不足。
スクリーニングによって認知機能低下が早期に発見されても、その後の治療介入(薬物・非薬物)が臨床的に意義ある転帰改善をもたらすかは不確か。
早期発見の利益を裏付ける高品質なRCTがほとんど存在せず、介入介入研究の多くは中等度以上の認知症患者に対するもので、スクリーニングで発見される軽度のうちに治療を開始した場合の効果は未知数である。
認知症・MCIの定義と有病率
認知症(DSM-5では「大規模認知障害」)は、複数の認知機能領域にわたり独立した日常生活遂行能力を障害する状態。65~74歳で約3.2%、75~84歳で約9.9%、85歳以上で約29.3%に有病とされる。
MCI(軽度認知障害)は、日常生活の独立性を損なわない程度の認知機能低下で、5年で約32%が認知症に進行する一方、10~40%は正常へ回帰する可能性もある。
潜在的な利点
早期発見によって可逆的原因の特定や、生活面の支援・家族への情報提供を行い、将来の医療・介護計画を立てやすくする。
患者本人や家族が将来の意思決定(終末期ケアなど)を準備しやすくなる可能性がある。
潜在的なリスク
誤診(偽陽性)が生じた場合、患者に非必要な心理的負担(不安・抑うつ)を与える恐れ。
AChEI(コリンエステラーゼ阻害薬)などの薬物治療には副作用(徐脈、めまい、転倒リスク上昇など)があり、治療開始による有害事象発生リスクも無視できない。
MMSE(Mini-Mental State Examination)
カットオフ24点以下(認知症疑い)の場合、感度0.89、特異度0.90と比較的高い精度を示す。
その他のツール
Clock Drawing Test、MIS、MoCA、SLUMS、TICSなど多様な簡易検査があり、認知症の検出には一定の妥当性があるものの、MCI検出では感度・特異度が低下するケースもある。
薬物治療
AChEI(ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミン)やメマンチンは、認知機能スコア上の数値的改善を示すものの、ADAS-Cogで1~2.5点、MMSEで0.5~1点程度の変化にとどまり、臨床的な意義は限定的とされる。
MCI患者を対象とした小規模試験では、薬物による有効性は示されず。
非薬物介入
認知トレーニング、運動、マルチコンポーネント介入などのいくつかの研究は存在するが、短期間かつ小規模であり、認知機能そのものや日常機能を持続的に改善するエビデンスは不十分。
介護者支援
介護者向けの教育・支援プログラムは、Zarit-22(介護者負担評価尺度)で2.5点程度の負担軽減や、CES-D(うつ症状尺度)で2.7点程度の改善を示す。ただし、対象は中等度以上の認知症患者の介護者が中心であり、スクリーニング発見後の介入効果を示す直接的エビデンスは不足。
IU-CHOICE試験(n=4005)では、スクリーニング群と非スクリーニング群でQOL、医療資源利用、事前ケアプランニングに有意差なし。参加者の38%が試験への同意を拒否し、スクリーニング陽性者の66%が診断精査を拒否するなど、試験設計上の限界も大きい。
スクリーニング適用外
症状のある患者(家族や本人からの訴え、臨床医の疑い)に対する認知機能評価は、従来通り早期検出の一環として実施する。スクリーニングの勧告対象は、あくまでも“無症候の高齢者”である。
リスク評価
高齢化に伴う年齢以外に、心血管リスク因子(糖尿病、高血圧、高コレステロール)、抑うつ、身体的虚弱、低学歴、社会的孤立などが認知機能低下のリスク因子として知られる。これらのリスクが高い場合は、症状の有無にかかわらず注意して観察することが望ましい。
スクリーニングツールの選定
MMSE、MoCA、SLUMSなど多数のツールがある。スクリーニング時間(5分〜10分程度)と実施可能性を考慮し、診療所・施設の体制や医療従事者のスキルに応じて使い分ける。
スクリーニング後のフォロー
陽性(異常所見)を示した場合は、血液検査、画像検査、詳細な神経心理学的評価などで原因検索を行い、進行状況や生活機能を総合的に判断する。
スクリーニング発見後の介入(薬物・非薬物)が、患者・介護者・社会にもたらす長期的アウトカム(QOL、医療コスト、進行抑制など)を評価する高品質なRCTが不足している。
“スクリーニング→介入”の一連の流れにおけるコスト・効果や適切な対象者(ハイリスク群 vs 一般集団)の見極めが必要。
介護者・患者向け支援プログラムによる長期的な介護負担軽減や、認知症発症遅延効果の検証も重要。
診断・スクリーニング用ツールの更なる標準化と、MCIを含む早期段階での介入根拠の確立が求められる。
現時点での推奨:65歳以上の無症候高齢者に対し、定期的な認知機能スクリーニングは推奨しない(エビデンス不十分)。ただし、症状や家族・臨床医の疑いがある場合は適切に評価を行う。
実践的な対応:高齢者診察時には生活機能や物忘れを含む聴取を怠らず、リスク因子があれば積極的に評価ツールを使用。認知機能低下を疑った場合には速やかに専門的評価へつなぐ。
介入の検討:認知機能低下が確定した場合、可逆的要因の検索とともに、進行抑制を目指した薬物療法および生活支援・介護者支援プログラムを組み合わせた包括的ケアを検討する。
啓発と教育:臨床医は認知機能スクリーニングの現状と限界を理解し、患者・家族には早期受診の重要性を周知する。地域包括ケアシステムの中で認知症の理解を深め、医療と介護の連携を強化することが求められる。
Owens DK, Davidson KW, Krist AH, et al. Screening for Cognitive Impairment in Older Adults: US Preventive Services Task Force Recommendation Statement. JAMA. 2020;323(8):757–763. doi:10.1001/jama.2020.0435. Available from: https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2763840
Dr. bycomet